〈ナナside〉

シャワーを浴び終えてキャビンに戻る皆。

「あ!さっき矢榛くん見かけたよ!
ここで待ってなよ!」

「そうそう。
気持ち確かめるチャンスだよ?」

「せっかく、学校のではないけどイベントなんだから、いい思い出にしないとね!
学校のは、中学3年生の6月、京都への修学旅行だって。」

皆は口々にそう言って、足早にキャビンに戻っていく。

でも確かに……

気になってた。

確かに信ちゃんの声だった。
私が、よりにもよって好きな人の声を聞き間違えるはずがない。

「好きだよ」

って……

あのとき聞こえた気がした。

信ちゃんと話して、本当にそう言ったのか確かめたかった。

信ちゃんかと思ったら、中原先輩だった。

今はちょっとだけ……
中原先輩の顔は見たくなかった。

「ごめんね菜々美ちゃん。
思わせ振りな態度とって……君を傷付けて。

俺は君が思うようなすごい人間じゃない。
むしろ最低な人間だ。
何しろ、彼女と最近上手くいってないからね。
君の告白を受け入れてしまおうかとも一度は考えたんだ。

だけどそんなことをしたら、彼女と菜々美ちゃんの両方を深く傷つけることになる。
それだけは避けたかった。
だから……菜々美ちゃんの告白を断ったんだ。

……菜々美ちゃんのことは嫌いじゃないってことだけは覚えておいてほしいんだ。

俺は君より先に卒業するけど、大事な後輩であることに変わりはない。」

やっぱり先輩は変わってない。
最後まで優しい人だ。

「良かったです。
先輩のこと……好きになって。
彼女さんと何かあったら……相談してきていいですからね。
アドバイスくらいなら、多分出来ます。
先輩はバスケのアドバイスを私にくれて、
私は先輩に恋愛のアドバイスをする。
こういう関係、ビジネスライクでいいじゃないですか。」

「……大人だな、君は。
精神年齢は俺よりずっと上かもしれない。
ありがとう。
……矢榛くん……だっけ?
あの子ならきっと、オレなんかより菜々美ちゃんを笑顔にしてあげられるはずだよ。
上手くいくこと……願ってるから。」

「ありがとうございます。」

先輩は私の頭に優しくポンと手を置いて去っていった。

私が一番好きだった仕草。
卒業式のときまで……先輩には会わないようにしよう。

ううん。多分、会えない。

まだ……ほんの少しだけ好きだもの。

また泣きそうだ。
先輩のことでは泣かないって決めたのに。


「ナナちゃん?
どうしたの?」

私のことをナナちゃんと呼ぶのは、先輩じゃない。
今度こそ……信ちゃんだ。