キャビンに戻るとミツに冷やかされた。
自分はいいよな、幼なじみと恋愛真っ最中なんだから。

「何か進展はあったのか?
ナナちゃんと。」

ニヤつきながら聞いてくる。

「何もないよ。」

とりあえず答えておいた。

だって、寝ている彼女に囁いた言葉なんて……聞いていたはずないもの。


何もないって……

答えるしかないよ。


その場の空気に耐えられなかった俺はシャワーを浴びてくると言ってキャビンを出た。

シャワールームに向かうと、先客がいた。


一番会いたくなかった人。
ナナちゃんをフった先輩。

「………」

お互に何も話さない沈黙。

先に口を開いたのは先輩のほうだった。

「オレを責めてくれても構わないよ。
……オレはサイテーな人間だから。
ちゃんと彼女いるのに、菜々美ちゃんに期待持たせてさ。
彼女と最近上手くいってないから……彼女に逃げたい気持ちもあったんだ。
矢榛くん、君にも謝っておくよ。
……ごめん。」

「先輩は……サイテーなんかじゃないです。
ちゃんと目の前の問題から逃げないでちゃんと向き合っている。
十分、すごいです。」

「……ありがとう。」

シャワーを浴び終えてシャワールームを出てキャビンに向かう途中にナナちゃんがいた。

「ナナちゃん?
どうしたの?」

「先輩は、やっぱり最後まで優しい先輩だった。
先輩のこと、好きになって良かった。」


「そっか。」


俺に笑顔で報告してくるナナちゃん。
嬉しいけど、そんな言葉を聞きたいわけじゃない。

「信ちゃんは?

いるの?

その……好きな人……とか。」

なんか、急に、なんの前触れもなく聞かれた。
こうなったら、当たって砕けろだ!

「いるけど……
教えない。」

なんで、と聞いても、ぷいっと顔を背けるナナちゃん。
可愛いなぁ。

「わかんない?ナナちゃん。
さっきも若干、告白まがいのことしたんだけどなあ……」

「えっ!?
ってことは……
あの

『好きだよ』

って言葉は私に言ってたの?」

聞こえてたのか、あのとき囁いた言葉。

「そうだよ。

ナナちゃん。
いや……
菜々美。
好きだよ。
ナナちゃんがいいなら、付き合って?」


「信ちゃん……嬉しいよ。
だけど私、まだ先輩にほんの少しだけ未練あるんだよ?
それでも……いいの?」


「それでもいい。
俺が、先輩の分までナナちゃんを幸せにするから。
俺なら、ナナちゃんのことは泣かせないから。」

「信二。
ありがとう。」

ぎゅっと抱きついてくるナナちゃん。
胸、当たってるんだけど……
その膨らみの感触を直に味わうのは、いつかのお楽しみにしておく。

「なんか急に名前で呼ばれると照れる。
今まで通り『信ちゃん』でいいよ。」

「じゃあ私も今まで通り『ナナちゃん』で。
あ、だけど、たまに、気が向いたときに、呼び捨てしてほしいな。」

俺の彼女は、可愛いことを言う。

「じゃあ、寒くなってきたしキャビンにいる皆も心配するだろうから……。
そろそろ戻ろうか、菜々美。」

耳元で言って、彼女の額にそっとキスをする。

「うん。
じゃあ……おやすみ。」

「お休み。」

ナナちゃんは、照れて赤い顔を隠すようにパタパタと小走りでキャビンに戻っていった。