浴槽に入ると、2人で互い違いになって脚を伸ばす。

ピアノ奏者はペダルを踏みながら演奏することが多いため、脚も酷使するのだ。

「有海、不安か?
音大入って、途中で留学するかもしれなくて。
その後、世界を駆け回るピアニストになれるかとか。
それと並行して同棲とか、挙式するとか、その後、もし子作りするならそれとの両立とか。」

たまには、お互いに密着はしないからこそ、こういう話もいいだろう。

「不安がない、と言えば嘘になる。
でも、一足先にメイちゃんとか友佳が経験してくれてる。
身近に経験者がいる、って強くてね。
彼女たちが支えになってくれる、って信じているから大丈夫。」

「その答えを有海から直接聞けて安心した。

オレも、そうなっても有海が困らないように、ちゃんと俳優としての仕事しておかなきゃいけないからさ。」

「頼りにしてるね?
でも、婚約者さんばかりに稼がせるわけにもいかないから、私も少しはお金稼がなきゃ、とは思ってるけど。」

そう言う有海の額を、軽く指で弾いた。

「そんなことしなくていいの。
有海はちゃんと、音大で有海らしく過ごしてくれれば。

音大、試験とかもあって、師事する人によっては超難関なんだろ?
だからさ、無理してほしくないの。
それは分かってくれるよね?有海。

無理して、婚約者が体調崩したら心配どころじゃないから。
今してるようなイチャイチャも出来なくなるしね?」

「もう、奈斗ったら。」

「有海、そろそろ上がるか。
のぼせる。」

浴槽から先に上がったオレは、有海を抱き上げて脱衣場に運んだ。

脱衣場の椅子を3つ並べて、その上で彼女を横にさせて、首筋や手足を冷やしてやる。

「ちょっと顔が火照ってのぼせそうになってたから、念のため。
有海、気分悪いとかはない?
大丈夫?」

「ありがと、奈斗……
だいじょぶ……」

のぼせそうになっているせいか、目がとろんとして、頬も上気している。
夜、ベッドの上で行う行為の最中のような表情をしている有海。
バスタオル1枚で辛うじてしなやかな身体を覆っているだけの姿に、欲情するなというほうが無理な話だ。

有海を1人にするのは危険だったが、手早く服を着て、脱衣場を出た。
有海がのぼせる一歩手前だ、と奈美さんに言って、ペットボトルのミネラルウォーターを手渡される。
それを少しずつ有海に飲ませると、少し落ち着いたようだった。

服だけは着せてやる。
ベッドに寝かせるとしても、バスタオル1枚のまま、有海自身の父親がいるリビングを通らせるのは憚られた。
水を貰ってきている間に、下の布1枚だけは身につけていたようだ。

ブラジャーを着けてやる際に胸に触れてしまったが、不可抗力だ。
Tシャツワンピースを着せてやって、彼女を抱き上げた。

「疲れが出たんだろ。
寝な?
お風呂でしたことの続きは、明日の朝に回すことにしてさ。
……おやすみ。」

ベッドに寝かせてやると、ベッドの下に布団を敷き、掛け布団を掛けて、オレも眠った。

朝になると、上に何かが乗っている重みで目が覚めた。

「あ、起きちゃった。
残念。」

有海がオレの上に乗っている。
いつもオレが有海に快感を与える側だから、今日はその逆を、ということらしい。
朝だから制御が難しいのに、そこに刺激を加えられると、正直、快感でどうにかなりそうになる。

「有海。
朝からイイことしてくれるね?
でも、ここが一番欲しそうにしてるよ?」

有海の潤う箇所は、既に準備万端なようだ。
彼女から見えないように、昨夜のうちにベッドサイドに1つ置いておいた小袋を開け、苦労しながら被せた。

「……有海。
昨日の分も、愛させて?」

有海と繋がったあと、律動の度に揺れる膨らみを愛でると、すぐに圧は強まって、締め付けてきた。
既に刺激を受けていたので耐えられず、薄い膜越しに吐き出す。

「も、奈斗ったら。
溜めすぎ。
身体に毒だよ?」

オレの頭を撫でてからそう言ってくれる有海。

「んー?身体に毒じゃないようにしてくれる婚約者さんがいるから心配してない。」

もう!と言いながら顔を真っ赤にした有海。

「有海、朝からありがと。
大好き。」

どちらからともなく唇を重ねる。

ドアをノックして呼びに来た有海の父親。
パーカーとスエットパンツを元どおりに着て、部屋のドアを開けた。
仕事に行くと言うので挨拶をする。

「ありがとうございます。
お世話になりました。」

「いいんだよ。
また来てくれ。
今度はゆっくり話がしたい。」

有海の父親に頭を下げる。
澪さんは、賢正学園が心配なので、昨日の夜に戻ったという。

蓮太郎の祖父母は、朝ごはんだけ作って、自分の孫の妻の様子を見に行ったようだ。

「ご飯食べて、ゆっくりしろよ。
音大の課題もあるんだろ。」

「ゆっくりしろ、って、家どうするの。
このままいればいいじゃん。

何なら、今から使う?お試し同棲。
急いで蓮太郎くんに用立てしてもらうこともないよ、この家広いし。
まぁ、私の父、っていう付録はついてるけど、それでもいいなら。」

「お邪魔していいならするよ。
有海のピアノ聞きたいし。

でも、一応、話だけはしておきたいな、蓮太郎の手が空いたときに。」

「そうね。」

夢のような不思議な同居生活には徐々に慣れたが、オレもドラマ撮影が立て込み、有海と夜を過ごせる頻度は減ってしまった。
それが残念でならない。

この不思議な同居生活は、この家を実際にリフォームするまで続いた。
リフォーム中は、宝月家の別荘を仮住まいにさせてもらった。
有海の父親は、宝月家に物件を用立てして貰って、そこに住んでいる。

家は、メインの建物が1つと、もう1棟が庭に面して作られている。

別にした1棟にはアクション俳優としてトレーニングが必要なときに使うジム施設や、プールがある。
ここがリラクゼーションスペースとなる。

ぶっちゃけ、有海が音大の途中で留学したときに寂しくならないように、という理由も含んでいるが。

この家で、有海と2人で、ゆくゆくは家族を増やして、過ごしていくんだ。

こうして平和に過ごせるのが何より嬉しかったし、歪んだ家庭環境で育ったオレは不安もあったが、有海がいれば大丈夫だと思えた。