それから、日は過ぎて、今は成田空港にいる。

いるのは、オレとオレの婚約者の有海だ。

「寂しいけど、離れてるのも数週間だもん。
数週間なんてすぐだもん、大丈夫。」

「……強がるの、有海の癖だよ。
ちょっとは素直に寂しいって言ってくれたほうが、オレとしては嬉しいんだけどな?」

「寂しいよ?
すっごい寂しい。」

「うん、合格。
数週間の我慢なんだからさ、それまでいい子にしてろよ?
いい子にしてたら甘やかしてやるから。
もちろんベッドの上で、な?」

「もう、奈斗ったら、そういうことしか考えないんだから!」

「んー?
男なんてそんなもんなの。
可愛い婚約者が目の前にいるんだもん、当然でしょ?」

「もう。」

むくれる有海すらも可愛い。
オレ、どうかしてるな。
有海が好きすぎて。

これ以上話していると、名残惜しくなって離れがたくなる。
それはマズい。

「じゃあな、有海。
また連絡する。」

キャリーバッグを引いて、ゲートに向かおうとした手を、思い切り引かれる。

唇が深く重なった。
名残惜しそうに離れてはまた重なって、銀色の糸が伸びていた。

「せめてもの、見送りの、行ってらっしゃいのキス。
ダメだった?」

……ダメなワケ、ないじゃん。

「続きが欲しくなるけど、それはオレが帰ってきてから、な?
愛してるよ、可愛い婚約者さん。」

有海に軽く口づけて、今度こそキャリーバッグを引いて、ゲートに向かった。

もちろん、有海のカバンの外ポケットには、あの別荘で武田さんにもらった、お試し同棲のサービスを紹介するチラシを忍ばせた。

「これに気付いて、連絡をくれればいいんだがな、有海。」

音大の課題で手一杯らしい彼女。

蓮太郎の挙式にブライズメイドとして協力したはいいが、音大の課題もレッスンもある中で、何足もわらじを履いて、やりきっていたのがすごい。

アメリカに着いた日の夜。

ここで、蓮太郎の祖父母からとんだサプライズがあるなんて、オレはまだ知らなかった。

「ただいま。」

もう、蓮太郎の祖父母の家は、第2の家みたいなものだ。
第1の家は、もちろん賢正学園。

「あら、おかえり。奈斗。
ウチの蓮太郎が迷惑かけたでしょ。
挙式に行けなかったのは残念だけれど、映像は貰ったわ。

自分の孫が幸せそうで、何よりよ。」

蓮太郎の祖母の奈美さんは、オレを本当の孫みたいに扱ってくれる。

「遠藤さんから聞いたわよ。
奈斗も、将輝くんも、更生は終わりのようね。
奈斗は、アクターズスクールも。」

「はい。」

「蓮太郎から聞いたぞ、かねてからの恋人だった子にプロポーズして、晴れて婚約者になったようだな。
おめでとう。」

祖父の眞人さんも、オレと本当の孫みたいに接してくれる。

「何かプレゼントを、と思ったんだが、なにも思いつかなくてな。
日本にある、オレが蓮太郎の姉たちのために建てた別荘を新しい家としてプレゼント……」

「眞人さん、それはまだ、確定するまで言わない約束だったでしょう?
不動産物件としての審査も途中なのに……」

「ああ、そうだったっけ?」

トボける眞人さん。

どういう……こと?

パッ、と、リビングのモニターに蓮太郎の顔が映った。

『そろそろ着いた頃だと思ってたぜ、奈斗。
この前、お前に相談されただろ。

あの件、祖父母にひ孫の報告と共に相談したんだ。

そしたら、祖父母たちが、オレの姉とかオレのために購入してくれてた別荘を不動産物件として売却して、お前らカップルの好きなようにリフォームすることを提案してくれたんだ。』

「それで、いいの?」

「……もちろんよ。
奈斗くんも、私の孫みたいなものだもの。」

「孫には、幸せになってほしいからな。」

……優しすぎるだろ。

「その打ち合わせもあるし、一緒に日本に行くわ。
メイちゃんの顔も見たいしね。」

「それに、行きたいところもあるしな。」

……捨てたもんじゃないな、この世の中も。

数週間経って、日本に帰る日がやってきた。

寂しくなる、と言いながら、村西さんや遠藤さん、由紀ちゃんや将輝、アクターズスクールの先生まで見送りに来てくれた。

「……次はお前らか?
告白は俺たちより前だったからな、プロポーズは先にさせてもらった。」

「……張り合うことか?それ。

とにかく、元気でやれよ。
たまには連絡しろよな。」

「分かってるよ。」

将輝の隣にいる由紀ちゃんの耳元で何かを囁いたあと、じゃあな、と言って皆に手を振り、搭乗ゲートに向かった。