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サプライズの式は感動的だった。
でも、私もサプライズされっぱなして終われない。

代表謝辞に移ります、と言う和貴くんのマイクを奪う。

「今日はサプライズで、素敵な式をありがとうございました。
とっても嬉しいです。

感謝の手紙、用意してたけど今日やると思わなかったから、自宅にあります。
でも、書いたことを思い出しながら、アドリブで伝えます。」

ゲストから温かい拍手。
これは、やっていい、ということか。

「お母さん

今まで、育ててくれてありがとう。
たくさん迷惑掛けたね。

今月1日に、無事巣立つことが出来た高校も、友佳がバスケ部のが強いからここに行きたい、って思って、お母さんとお父さんのアドバイスも全部撥ね付けて、受験を頑張って入ったのを覚えています。

こんな素敵な友人たちと、ということか素敵な教師に出会えたから、今はこの高校に入って良かった、って思っています。

私の矢浪っていう旧姓で呼ばれることがもうないのは寂しいけど、愛する夫と同じ苗字になれることを誇りに思って、旦那さんと一緒に、お腹にいる子と一緒に、これからの人生を歩んでいきます。

結婚してもずっと、お母さんは私のお母さんで私はお母さんの娘です。

今までありがとう!
そして、これからもよろしくね!
友佳」

割れんばかりの拍手がなる前に、BGMとして流れていたG線上のアリアが終わった。

これ、有海ちゃんのピアノだよね?
どこかで演奏を録音したらしい。

ここでしか生演奏をするとピアノが聞いてもらえない、生演奏をしないのも手だけど、無音で手紙を読むのは雰囲気に欠ける、というので考え出された、折衷案なのであろう。

有海ちゃんらしい。
そう思わせておいて、有海ちゃんラブな奈斗くんが考えたのかもしれないけれど。

代表謝辞。
これもアドリブなので、不安で手が震えている一成の手を、ぎゅっと握る。

一成の肩を軽く叩いて、マイクの前まで彼を歩かせた。

「ご列席くださいました皆様、本日はご多用のところ、わたくしどものためにお越しくださいまして、誠にありがとうございました。

また、本日は、皆様から心のこもったお祝いの言葉や、あたたかい激励の言葉をいただきましたこと、深く御礼申し上げます。

本日こうして晴れて結婚式が挙げられましたのも、私どもをあたたかく、ときには厳しく見守っていてくださる皆様のおかげと、深く感謝しております。
これからは2人で力を合わせて幸せな家庭を築いてまいりたいと存じます。

とは申しましても、まだまだ至らないところの多い私たちでございます。皆様には、これからもご指導ご鞭撻のほど、心よりお願い申し上げます。

結びに、皆様のご健勝をお祈り申し上げまして私からの挨拶とさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。」

一成の父親も、温かい言葉をくれた。

私と一成の瞳から、涙が溢れたのが映像に残っていないことを祈ろう。

私と一成が先に退場する。

退場の際、有海ちゃんが、再びピアノの前に座って、自分のレパートリーにあるクラシック曲を、いろいろ生演奏してくれた。

ゲストを見送って、挙式と披露宴は終了となった。

そのまま、1時間後に開催される2.5次会になだれ込むようだ。

その間に、私と一成は着替える。

苦労してドレスを脱いで、お手洗いの帰りに迷いそうになりながら控室にたどり着いた。

「だから一緒に行く、って言ったろ?
もう、友佳1人の身体じゃないんだからな。」

夏の太陽みたいなオレンジ色のドレスに着替えて、控室を出る。

2.5次会は、蓮太郎くんの別荘で行うようだ。

皆まとめて車で送る、というのは村西さんだ。

武田さんは、宝月夫妻と、あともう1人、付録のカップルを車に乗せてから行くようだ。

有海と奈斗くんがいないから、その2人だろう。

その時、ピンマイクから声が聞こえた。

「披露宴会場の外で、面白いものが見れるよ!
黒沢夫妻、早くおいで!」

由紀ちゃんの声だ。

結婚披露宴の外に置かれたモニターに、真っ暗な会場と、スポットライトに照らされたグランドピアノが映っていた。
右端に小さく、LIVEと書かれている。
今、この瞬間のリアルな映像なのか。

そこに、楽譜を置きに来る、ネイビーブルーのスーツの男性。
ペイズリー柄のネクタイは、奈斗くんだ。

ピアノの傍の椅子に座り、右後ろをチラ、と見て微笑む。

その視線の先には、オーガンジー素材のミントグリーンドレスを着た、有海ちゃんがいた。

奈斗くんは小さく息を吐くと、楽譜をときどき見ながら、エルガーの愛の挨拶を弾いていく。

上手く弾き切ると、一礼して、拍手をする有海ちゃんに楽譜を渡した。

首を傾げながら楽譜を開いた有海ちゃんの瞳が見開かれて、そこからはゆっくり涙が伝っている。

「ピアノ奏者の有海なら、この曲の逸話、わかるよね?
それになぞらえて、オレも真似してみた。
意味、伝わった?」

ハテナ、と首を傾げた私に、横にいた麻紀ちゃんが解説してくれた。

「この曲はね、作曲者エルガーが、彼の奥さんになる女性に、婚約のお祝いとして作った曲なの。
つまり、それにあやかって、奈斗くんは有海ちゃんにプロポーズしてる、ってわけね。
いいなぁ。」

もしかして、例のバチェラーパーティーのときに開かれたプロポーズコンテストでいい線いったの、って奈斗くんなの?
小箱の中身は、予想はしていたが婚約指輪だった。

「有海しか興味ないし、一生かけて愛せない。
……改めて言う。

有海。
……オレと結婚してください。」

有海ちゃんがピアノの前に歩み出て、立ったま
ま弾いたのはベートーヴェンの歓喜の歌。

「歓喜の歌。
つまり、タイトル通り嬉しいです!
ってことなのかしら。
これで、晴れて婚約したカップルが増えちゃったわね。
でも、実際の挙式はいつになることやら。」

唇が重なって、そのまま有海ちゃんが奈斗くんに抱き上げられたところで、LIVE中継映像は切られた。

「紳士淑女の皆様、会場への送迎の準備が整ったようですので、順番にお乗りください。」

将輝がいない、と不安がる由紀ちゃん。

「浅川様は、遠藤様並びにあなた様の母親の由理様とお話があるようです。
後ほど、旦那様と奥様、一木様と帳様。
彼らと一緒の車に乗ります。」

蓮太郎くんの執事さんにそう言われて、車に乗る由紀ちゃんの肩をそっと叩いた。

「行こ、向こうで会えるよ!」

由紀ちゃんは私ににっこり微笑んで、会場の入り口を気にしながら車に乗ったのだった。