ボーダー

翌日。
朝から、武田さんの車に乗って、いつもの高原で話をした。

コンビニで買ったパンやスープを口にし終えたタイミングで共有された資料には、とんでもないことが書かれていた。

『矢浪 友佳《やなみ ゆか》。
バスケ部は、自分の采配ミスのせいで最後の大会は準決勝で負けたようだ。

最悪の場合は珠美 由紀と同等か、それ以上のイジメを同級生から受けていた可能性もあったであろう。

それがないのは、同学年が受験生で余裕がないからだと思われる。

母だけは唯一、矢浪 友佳の味方である。

そんな中、父は過干渉で、男性関係も逐一チェックしているようだ。
携帯は友佳が寝る時間になったら両親の寝室に置かれるという。

首筋に紅い所有印をつけて帰宅したときは、父親にこっぴどく怒られ、マンションから締め出された後、一成の家に泊まったこともある。

一成の母は、友佳のそんな様子に心を痛めており、いつでもいらっしゃいと言って、こっそり作った黒沢家の合鍵を渡すほど。

黒沢一成《くろさわ かずなり》も、そんな様子には気づいており、自分も高校を卒業した後、友佳と結婚する、デキ婚でも構わないと友人たちに豪語するほどである。
もっとも、それは友佳も同じなようだ。

友佳は美容室で受付兼作業補助のアルバイトをしており、一成はファミレスと引越し補助のアルバイトを掛け持ちしている。

これは、今のうちにお金を貯めて、高校卒業後の結婚生活を楽にするためだと考えられる。』

……資料を読んで、ミツと私で頷き合った。

「しかし、さすがとしか言いようがありませんね。
どうして分かったのです?
矢浪さまの家庭環境に問題がある、と。」

「貴方の仕える主とその婚約者さんは、レアケースだから例外ね。
それ以外の女の子なら、学生結婚なんてあまり考えないもの。
現実的じゃないから。

それを敢えて選択するのは、親との仲がうまく行ってないのかな?って思っただけ。

実際、夜9時以降は友佳に連絡しても彼女だけ連絡が取れない、なんてこともザラだったわ。

だから、調べていただいたの。
お手間を取らせてすみません、武田さん。」

ムッとした表情で、ミツが言う。

「しかし、これからどうする。
それが分かったところで、なんの解決にもならないだろう。
友佳ちゃんはブライズメイド、一成はアッシャーのオレたちを、それぞれ影から支える役目なんだ。

そのカップルにもしもこのあと、万が一のことがあったら、武田さんの仕える主も、その婚約者も。
挙式どころじゃなくなる気がする。

大事なのは、これからどうするかだ。」

その視点、抜けてた!
さすがはミツ。

ふと思いつく。

「ねぇ、武田さん。
今から、私が友佳を呼び出します。
そしたら、正賢学園に行ってください。」

私の言葉で、何を言わんとしているか、武田さんもミツも察したみたいだ。

よくやった、と言わんばかりに、私の頭を撫でてくれる。

友佳は、たまたま今日はバイトは午後からだったらしい。
この高原の前の道路まで歩いてきたところを、武田さんの車に乗せた。

「ごめんね、友佳。
急に呼び出して。

父親、ちょっと暴力的だったりするんだ?
一成くんと会うの、禁止してたりもされてるのかな。

だから、昨日のお別れ会が、一成くんと学校以外で会うのは久しぶりだったんでしょ?」

「最近一成もこぼしていたぞ。
友佳が最近、会ってくれないし夜の求めにも応じてくれない、とな。

会わないのは、ハナの言うとおり父親に一成と会うのを禁止されているから、とバイトで忙しいため。
会いたくても、彼女の方が、夜9時以降に家にいると携帯電話を使えないから。

夜の求めに応じないのは、父親から殴られたときのアザを見られたくないから、とかな。」

「さすが、弁護士志望と検察官志望。
嘘はつけないね、2人の前では。」

そうだよ、と言って彼女は、ふくらはぎとおへその辺りに残るアザを私たちに見せた。

まだ青紫に変色している。

「一成と会えるように何度か家出も考えたの。だけど高校生じゃ、一人暮らしできないから場所がないし。」

「民法上では、結婚すると成年とみなされるんだ。
そういえば言ってなかったな。
結婚してもなお、賃貸の契約等に親の同意が必要になると生活に支障が出るからだ。

矢浪と一成が18歳になったら籍だけ入れるのも手かもな。」

「優くん、私、それ知らなかった……
早く言ってほしかったな。」

彼女が顔を上げて少しはにかんだところで、車は賢正学園に着いた。