ボーダー

そっとドアを開けると、持っていた大きなポーチを脇に挟んで、私に小さく手を振った彼女。
胸下まである長い黒髪が、ところどころ跳ねている。

そして、もう片方の手には私にくれたプレゼントが入っているであろう、大きな紙袋がある。

「武田さんがね、もう少し掛かるから、2人でお風呂入ってくれば?って薦めてくれたの!
2人なら余裕で入れるって!

もし、嫌じゃなかったら、一緒にどうかな?って思ったの。
いろいろ話したいし。」

私に、大きな紙袋を持たせて、彼女は私の背中を押す。

「着替えとか、ないけど……。」

戸惑う私をよそに、いいから行こう、と部屋の外に連れ出す華恵ちゃん。

「よろしくしてやってな。
こんな感じで、ちょっとウザいだろうけど。」

「ミツ!
一言多いよ!」

御劔くんにそう言われては、仕方がない。

彼女はもう、彼の恋人なのだ。
何だかんだ言いつつ、私が会見やら、宝月家の屋敷の話をしている間に、彼に愛されたのだろう。
首筋にキスマークがくっきりと残っている。

妬いていても仲良くはなれない。
覚悟を決めなければ。

「じゃあ、行こうか。」

場所を知っているという、華恵ちゃんについていく。

彼女は、迷うことなく階段を降りていく。
そして、廊下を歩いて角を曲がり、頑丈そうな扉を開く。
そこには、洗面台と縦型のロッカーが3つ並んでいた。
ロッカーは、どうやら指紋を登録するようだ。

躊躇なく、華恵ちゃんが服を脱ぐ。
ワイシャツのボタンを外し、スカートを脱ぐと丁寧にロッカーに畳んで入れ、スカートはロッカーに引っ掛けてあるハンガーに掛けた。

所作が丁寧だ。
薄いオレンジ色をしている、レースの花柄があしらわれた下着も、何を気にする風でもなく、手早く脱いでいた。
チラリ、と見ると、大きさは私とほぼ同じくらいだ。
下もほぼ処理されている。
学生なら脱毛サロンとかも高いだろうに。

「あ、メイちゃん、身体冷えちゃうから、今出しなよ、袋の中のもの。
気に入ってくれるか、分からないけど。」

華恵ちゃんに言われるまま、袋の中からさらに巾着袋を取り出して、中身を出す。
中身は、サテンのシャツドレスにロングパンツだ。
ピンクベージュに見えなくもないが、ベージュの色味が強いのでさほど気にならない。
極めつけは、別に紙袋に収まっていたノンワイヤーの下着の上下セットだ。

「サイズ、フリーサイズにしてあるから。
こういうときにうまくタイミング合ってよかった。
身体のライン、きっちり出るのもいいけど、ライン拾わないのも逆に男としてはクラッとくるらしいよ?
だからさ、夕飯終わって少ししたら、私もミツと一緒に過ごすから、メイちゃんも、レンと過ごすといいかも!
それ着てれば、さっきより夢中にさせられるかもね。」

いいタイミングのプレゼントだ。
彼女が異性からも同性からも嫌われないだろうな、というのがよく分かる。

「ありがと、華恵ちゃん。
嬉しい。」

そう言って、私もさっさと服を脱いで、ロッカーにしまってから、指紋を登録してロッカーを施錠する。

『登録完了。
ロッカーを開ける際は、登録した指をダイヤル下にかざしてください』
と表示が出ている。

このロッカー、近代的すぎない?

そう思いながら、ヘアゴムを腕につけた華恵ちゃんと一緒に、扉を横にスライドさせて、浴室に突入した。

シャワーを浴びられるブースは、浴槽横と、正面に離れて2つ配置されている。

なるほど、武田さんが2人なら入れる、と言った理由がわかった。

シャワーブース横の棚にはシャンプーやらボディーソープがあったので、それを遠慮なく使わせてもらう。

シャワーを浴びて髪と身体を洗い終えたのは、彼女より私が少し早かった。
そっと足を浴槽に浸からせる。
想像より熱くなくて、ホッとした。

「いけそう、かな?
お風呂に慣れてる日本の女の子には、物足りない温度かも。」

浴槽に身体を沈めると、ふぅ、と小さく息をついた。

私の後に浴槽に浸かったのは華恵ちゃんだ。

私みたいに息をつく、ではなく、長いまつ毛を伏せた後、口を開いた。

「メイちゃん、ごめん。
レンの恋人に、婚約者さんに、謝らなきゃ、ってずっと思ってたの。
レンが帰国したあの日、レンに抱かれたの。
私がそうして、って頼んだわけじゃない。

きっと、知らない男に、自分が知らないところで私が性暴力を受けたのが、ショックだったのよ。
しかも、その傷を癒せなかったのを気にしてたから、その罪滅ぼししたい一心で。
レンが一方的にね。

優しかったから、よかった。

だけど、メイちゃんがそれ、黙っていられるのも気まずいだろうから、機会があったら謝りたかった。
気を悪くしたよね、本当にごめん!」

彼女の大きな瞳からは、涙が零れそうになっていた。