ボーダー

……その日の夜。

俺は、なかなか眠れなくて散歩がてら、公衆電話があるスペースに向かった。
今はテレホンカードなんて時代遅れだけど、持っててよかった。
施設内の、テレホンカードの絵面が好きな中学生に感謝だ。
彼は目当ては絵面なので、使用済みでも関係ない。

……珠美の番号なら、そらで覚えている。
掛けてみるか。
今日、彼女になったばかりの女の、可愛い声を聞けば眠れるはずだ。

その番号を押して、コール音が途切れて可愛い声が聞けるのを待った。

『その声、将輝?
もー、電話くれるなら言ってよ!』

「……ごめん。
病室出るとき、寂しそうな目をしてたし、声聞きたいかな、って思って。」

俺がそう言うと、ずるいよ、と由紀は呟いた。

「……何がずるいの?
これ、電話だから。
言ってくれないと、分かんないよ?」

『なんで分かったのよ、声聞きたいって。』

「話足りない、って目で俺のことを帰り際に見つめておいて、よく言うよな。

あ、由紀。
次に電話するまでの宿題な。

俺の傷が治る目処がたったら、アメリカに渡る準備をする。
そしたら、向こうで行きたい場所を最低1つは考えておくこと!
合間に2人で行ってやるよ。

……今度こそ、ちゃんとデートの約束。」

『わ、わかった!
ちゃんと考えとく!
うわ、どうしよ、今日寝れるかな……』

デートの約束したくらいで眠れなくなるって、恋する中学生かよ。
純真すぎね?

そういうところが可愛すぎて放っておけないんだけど。

「……俺は眠れなかったんだけど、由紀の可愛い声聞けたからよく眠れそう。
由紀、ちゃんと寝ろよ?
次に見舞い来たときに目の下に隈作ってたら、お仕置きな?」

『何する気よ!』

「言ったらお仕置きじゃなくなるだろ。
じゃ、由紀。おやすみ。」

「……おやすみ!」

由紀は、照れたようにおやすみを言って電話を切った。
可愛いな、ほんと。
ちょうどなくなったテレホンカードをきちんと回収すると、病室に戻った。

夢でもいいから由紀に会いたいと願いながら、眠りについた。

それから5日が経った。

ベッドの上でボーッと過ごしていた。
夕方になって、由紀に電話でも掛けるかと思っていたところだった。
すると、コンコン、と病室のドアを叩く音がした。

「将輝お兄ちゃん、元気?」

「将輝お兄ちゃん、改めて紹介するね、オレの弟の蓮太郎!
お兄ちゃんの執事の、武田さん!」

姿を見せたのは、勇馬と良太郎。だが、その後ろには、5日前にも見た顔がいた。

「そういえば、ろくに自己紹介もしてなかったな、って思ってな。
よろしく。宝月 蓮太郎です。
気軽に名前呼び捨てでいいよ。
高校生だけど、こっちの高校には留学してる扱いで、籍はアメリカの大学にある。
一応、宝月グループの後継者になるために勉強中だ。」

男の俺でも羨ましくなるくらい、サラサラの黒髪に、整った目鼻立ち。
イケメン俳優として、世間で持て囃されそうなルックスだ。
ジーンズに赤いチェックシャツ、上に羽織った黒いベストもよく似合っている。
身長は、180cm前後はあるだろうか。
蓮太郎と呼ばれた男の子の後ろには、スーツ姿の男が付き従っていた。
蓮太郎よりも身長は高い。

「蓮太郎様の執事をしております、武田と申します。
よろしくお願いいたします。」

その武田と呼ばれた男が、ノートパソコンに繋がった機械を見せた。

「……盗音機。
……珠美様と、浅川様がそうだったように、あるお二人方が日本から発つ前の様子を収めてあります。こちらは3日前です。
一方で、浅川様の大切なお方が酷い目に遭う、昨日の様子が収めてあります。

どちらを先にご覧になりますか?」

……なんだその選択肢。

「……由紀の映像と、奈斗と、その想い人のピアノが上手い子の恋愛が成就する映像だろ。
由紀のほうが先だ。

アイツが気になって仕方ない。」

武田と呼ばれた男は、俺の答えを予想していたように微笑むと、映像を再生した。