ボーダー

白いドレスシャツの上に青いカーディガンを重ねてジーンズを履いたところで、控えめなノックの音が俺の耳に届いた。

「浅川くん?
由紀です。
おはよう。
入って、いいかな?」

珠美の声だった。
まだ喉は本調子じゃないのだろう。
いつもより掠れていた。

こんな珠美もレアか。

「いいよ、ドア開ける。」

ドアを開けると、おずおずと部屋に入ってきた由紀。
上はTシャツにパーカーを羽織ってはいるが、下はパーカーと同じくモコモコのショートパンツだ。
布の隙間から下の布が見えそうなのには、気付かないフリをした。

っていうか、男の部屋に来るのに、そんな格好で来ないでほしいと思った。

「……おはよ、珠美。
何か用?」

言うが早いが、珠美は俺に抱きついてきた。

「……珠美さぁ、俺、男なんだけど。
密室で男女2人で居る自覚ある?」

俺だからいいようなもので、俺じゃなかったらそのショートパンツ脱がされてるぞ?

「……お礼言いたくて。
ありがと!
介抱してくれたんだよね?

ちょっと高校でいろいろあってね、疲れてたみたいで、それが一気に来たんだと思う。

ゆっくりさせてくれたおかげで治ったから、浅川くんにお礼言いたかったの!

だって、浅川くん、もうすぐアメリカ発の便で先に日本に帰っちゃうでしょ?
私とお母さんは、今日のお昼の便なんだ。
だからお礼、今じゃなきゃ言えないと思ったから。」

……寂しそうな顔をして言う珠美。
そんな顔を見たいわけではなかった。

恋愛経験豊富な男とかなら、ここで意中の女を抱きしめたり、さらにその先のキス、とかするんだろうけど。
……そこまでの勇気はなかった。

結局、珠美は空港まで見送りに来てくれた。
泣きそうな姿があまりに可愛かったから優しく抱き寄せてやった。

そこまでするつもりは、当初はなかった。
しかし、ジーンズに黄色いカーディガン、白いブラウスという服を、俺の今着ている服の感じに合わせて着てくれたような気がした。
それが嬉しかったのもある。

それからの俺は、知ってのとおりだ。

珠美に会いたくて仕方ない気持ちと、デーティングの女を何とかしたい気持ちとで板挟みになっていた。
板挟みになった結果が、デーティングの相手である女に対するあの行為に繋がった。

その場にいた一同が、真剣に俺の話を聞いていた。
もちろん、由紀もだ。

「乳幼児期に両親からたくさんの愛情を貰えずに、両親さえいれば大丈夫、という感覚を養えなかった、将輝みたいな人はね。
善悪が分からないまま、突発的に、衝動的に行動しちゃうことも多いから。

私も、私の母も、遠藤さんも。
その可能性に気付くことが出来ずにいたのは、ちょっと盲点だったわ。

……今は反省しているようだし、将輝の傷が治り次第、アメリカに行ってもう一度カウンセリングを受けることになるだろうけど。」

由紀がそう言ったところで、看護師が呼びに来た。
笑うとエクボができる、優しそうな看護師だ。

「はいはい。
皆、大所帯で患者さんのところにいないの。
もう面会時間は終わりよ。」

看護師に言われて、しぶしぶ皆は病室を出ていく。

「奈斗、俺が見本見せてやったんだからな!
次はお前の番だ、うまくやれよ!」

由紀は寂しそうに俺の顔を見つめていたが、母親似の明るい笑顔を向けてから病室を出て行った。