ボーダー

「……なんで?
安静にしてなきゃだめなんじゃ……」

泣き顔で言われても、説得力に欠ける。

「……いいから来い。」

珠美の手を引っ張り、俺の病室に連れて行く。

「……何よ、いきなり!」

カフェオレをテーブルに置いてから、俺に向き直った珠美。
頬を膨らませて怒っているのが可愛い。

「お前さ、高校でいじめられてるんだって?」

「……そうだけど、別に浅川くんに話す義理はないと思ったから言わなかっただけ。
それに、久しぶりに会ったのに暗い話をされるのも、気分悪いだろうなと思ったし。」

「……お前の頭の中には、自己中って言葉が存在しないのな。
いつでも他人優先じゃん?

お前が熱出してフラフラの身体で、大好きな母親の手伝いしてたときも、そうだよ。
俺がそうしたくてお前に肩を貸したんだ。
そんな俺に何て言ったか覚えてるか?

『重いし、悪いよ……。
それに、カウンセリングのクライアントに助けてもらうわけにはいかない』
って言ったんだぜ?

ちょっとは人を頼ったほうが、この先の人生、楽に生きられる、って俺は思うんだけど?」

あの言葉はショックだった。
所詮、そんな気持ちでしか俺を見ていないんだと思った。
俺は、熱があるのに無理するお前を抱き上げるのすら、躊躇したのに。」

……俺も男だ。
抱き上げるときに、デーティング相手とはまた違う腰のクビレや、身体の細さ、髪から漂う優しい香りに「大人の女」を感じて、理性を抑えるのに必死だったというのに。

「うん、アドバイスありがとう。
でも、浅川くんには関係ない。
私がどう生きようが、私の勝手!」

「ちょっとは、人に頼れって言ったろ。
俺じゃ駄目なの?
俺なんかじゃ頼りない、って解釈でいい?」

「そんなことは一言も言ってないし、そもそも何でそんな話になるのか分からない。
ねぇ、どういうこと?」

……ちょっとは意識しろよな。
回診とかが何もなければ、ほとんど誰も来ない病室で、同年代の男女が2人きりなんだぜ?

「……珠美。
今、聞いたよな、どういうこと?って。
……教えてやるよ。」

俺は珠美の身体をそっと引き寄せて、優しく抱きしめた。

ちゃんとタンパク質や炭水化物を摂ってるのかすら怪しい身体の細さだ。
力加減に気をつけないと、俺が珠美を病院送りにしかねない。

「……え、ちょっと、浅川くん?」

CかDはあるだろうか。
胸が当たっているが、この際気にしない。

「……1人で何でも背負い込むな。
抱えてる荷物、少し俺にも分けろ。

そういうの、駄目かな?

……好きな女の抱えてる荷物なら、いくらでも背負ってやるよ。」

「……え、それ、って……」

……ニブイ奴。

さては、本気の恋愛感情というものを抱いたこと、ほとんどないな?

まぁ、俺はそういう、珠美の真っ直ぐさに惚れたんだけど。

「……由紀。
俺と付き合え。

……俺が初めて本気で好きになった女くらい、ちゃんと守らせてくれよ。」

華奢な手の温もりを背中に感じる。
珠美も、俺を抱きしめてくれているようだ。

「浅川く……ううん、将輝が、私がそれを望むなら、喜んで。
私も、将輝の側にいたい。

私でよかったら、ちゃんと彼女になってください。」

今度こそ、細い身体をぎゅっと抱きしめる。

身体を離すと、キスが出来そうなくらいの顔の近さで。

リップグロスだか口紅だかで縁取られた柔らかそうな唇に、俺自身の唇をそっと重ねた。

「ん……」

吐息混じりの声が聞こえて、慌てて唇を離す。

……初めてにしては、長くしすぎたか。

「……ごめん。」

「何で謝るの?
抵抗しなかったってことは、嫌じゃなかったってことなの、わかんない?」

身長のせいか、上目遣いで言う由紀が可愛すぎて、もう1度唇を奪ってやろうとした刹那。

……コン、コン。

間の空いたノックの後、今までいなかった集団が大所帯で病院に入ってきた。

「おめでと!」

「カップル成立大作戦、成功だね!」

資料を読み上げていた男の傍らのスーツ姿の男が言う。

「宝月グループが、伊達様と共同で開発したこちらの『盗音機』に音声も動画も入っております。後ほど、また鑑賞いたしましょう。」

おい、録音や録画は許可してないぞ!
ってか、こんな大勢のギャラリーに、知らない間に見られてたのかよ!