<将輝side>
幅2cm、深さ5cmの刺し傷だったようだ。
運ばれたときは割と痛かったが、今は手当のおかげもあって、そこまでの痛みはない。
「初動対応が適切で、腸にも達していなかったので、遅くて1ヶ月、回復具合によってはもう少し早く退院できますよ。」
医者の話によると、俺の傷はそんな感じの具合らしい。
……身体が鈍ってしまいそうだ。
トイレに行くにも、一度病室を出ないといけないのが面倒だ。
病室に戻る帰り、ラウンジの近くを通りかかった。
怪我人でも、それなりに喉は渇く。
夏みたいに暑くなる予報だったから尚更だ。
自販機で飲み物でも買おう、と向かった足は、自販機へ向かう手前の柱の前で止まった。
珠美 由紀の名前が聞こえたからだ。
……珠美 由紀。
カウンセリングを担当しているカウンセラーは男女合わせて2人いる。
その女性の方の娘の名前だ。
カウンセリングの間の暇つぶしにでも、と彼らが差し向けたのだろう。
そう思って最初は話しかけられても無視していた。
しかし、無視しているのも面倒だったから、イエスかノーで答えられるような質問になら答えてやっていた。
たったそれだけなのに、彼女はにっこり微笑んで、話してくれてありがとうと言ったのだ。
それが、何だかくすぐったいような、嬉しいような不思議な感情になった。
それからも、俺を見かけるといろいろと日本の高校のことや、将来の進路のこと。
それに趣味などを話してくれるようになった。
彼女と話していると、心が安らぐ気がした。
いつしか街を歩いていても彼女がいないか、捜すようになった。
さらに、カウンセラーの男性の方に珠美が今日は来てないか聞くことも増えた。
女性の方に聞かなかったのは、自分の娘が俺みたいな問題児に少なからず気に入られていると分かると、いい気持ちはしないだろうと思ったからだ。
時々、俺の前で彼女が沈んだ表情をしていた時には、大丈夫かと声を掛けることもあった。
しばらく会えないと、俺自身も寂しくなっていたのだろう。
もう会えないかと思ったなんて言葉が俺の口から出てきたこともあった。
少なからず、珠美は同年代では唯一、気を許せる存在ではあったのだろう。
しかし、これが恋愛感情なのか分からなかったため、確かめたいと思った。
そのためには、デーティング期間ということになっている、業 冥への気持ちを完全に自分の中から消し去ることが必要だった。
だからこそ、強情な女を、怪しげな通販サイトで購入した横文字だらけの薬を使って眠らせ、無理やり犯した。
そうすることで、向こうから嫌いになってもらうようにしたのだ。
俺が刺されて倒れ込んでいるとき、由紀の隣で応急処置の手伝いをしてくれた記憶があるな、あの男。
ソイツが、書類を読み上げている。
『……珠美 由紀《たまみ ゆき》。
母親が優秀なカウンセラー。
その手腕はアメリカからも引っ張りだこ。
非常勤ではあるが、日本の大学で教授もしている。それに娘の由紀の世話など、3足のわらじを履いている。
娘も母のようになりたいと考え、早く高校を卒業してアメリカに行けるよう、単位制高校に進学する。
当時は、中学の教師、富岡 孝平に好意を抱いていた。
しかし、それは本当の恋愛感情ではなく、不幸な身の上だったために同情心を好意だと思い込んでいただけだった。
そのうちに、アメリカで入学先の大学の下見や準備も兼ねたかったため、母の助手として浅川将輝《あさかわ まさき》のカウンセリングに参加。
カウンセリングの手伝い中、熱を出して倒れた際、彼に介抱された。
それ以来、段々彼のことを異性として意識し始めており、好意を抱いている節がある。
3年間で取得するべき単位数はゆうに超えている彼女は、今の高校2年生が終わったら、現時点で高校3年生の人と一緒に卒業できる。
そのことを現高3と同級生からはよく思われていないようで、いじめを受けている。
学校内の裏サイトに悪口が書かれているだけでは留まらず、どこから手に入れたのか、女子に高校の修学旅行先で隠し撮りされた裸の写真まで載せられているようだ。
これ以外にどんな仕打ちを受けているかは、現在も調査中である。』
途中から、その資料をひったくってやりたい衝動に駆られていた。
高校で、いじめられている、だと?
俺の前で、ほんの一瞬だが沈んだ顔をしていたのは、それが理由なのか?
……俺の前では、大丈夫なんて笑顔すら見せていた。
俺なんて他人にすぎない。
だからこそ、気負わず話してほしかったのに。
カウンセリングの書類を部屋に運んできたときも、ふらふらした足取りで歩いていた。
見ていられなくて肩を支えてやると、身体が熱かった。
手近にあった体温計を無理やり使わせた上で、空いた部屋のベッドに寝かせてやった。
その時も、そうだ。
人に心配をかけまいと、コイツは何でも自分で背負い込むのだ。
……俺なんかじゃ、危なっかしいコイツの支えになれないのかな。
そんなことを考えていると、あの集団はどこかに行った。
珠美は残っているようだ。
俺の分のコーヒーと、甘めの冷たいカフェオレを買ってやる。
「おい!
そこの泣いている女に差し入れだ。
早く受け取れ!」
弾かれたように顔を上げた珠美の目からは、大粒の涙が溢れていた。
幅2cm、深さ5cmの刺し傷だったようだ。
運ばれたときは割と痛かったが、今は手当のおかげもあって、そこまでの痛みはない。
「初動対応が適切で、腸にも達していなかったので、遅くて1ヶ月、回復具合によってはもう少し早く退院できますよ。」
医者の話によると、俺の傷はそんな感じの具合らしい。
……身体が鈍ってしまいそうだ。
トイレに行くにも、一度病室を出ないといけないのが面倒だ。
病室に戻る帰り、ラウンジの近くを通りかかった。
怪我人でも、それなりに喉は渇く。
夏みたいに暑くなる予報だったから尚更だ。
自販機で飲み物でも買おう、と向かった足は、自販機へ向かう手前の柱の前で止まった。
珠美 由紀の名前が聞こえたからだ。
……珠美 由紀。
カウンセリングを担当しているカウンセラーは男女合わせて2人いる。
その女性の方の娘の名前だ。
カウンセリングの間の暇つぶしにでも、と彼らが差し向けたのだろう。
そう思って最初は話しかけられても無視していた。
しかし、無視しているのも面倒だったから、イエスかノーで答えられるような質問になら答えてやっていた。
たったそれだけなのに、彼女はにっこり微笑んで、話してくれてありがとうと言ったのだ。
それが、何だかくすぐったいような、嬉しいような不思議な感情になった。
それからも、俺を見かけるといろいろと日本の高校のことや、将来の進路のこと。
それに趣味などを話してくれるようになった。
彼女と話していると、心が安らぐ気がした。
いつしか街を歩いていても彼女がいないか、捜すようになった。
さらに、カウンセラーの男性の方に珠美が今日は来てないか聞くことも増えた。
女性の方に聞かなかったのは、自分の娘が俺みたいな問題児に少なからず気に入られていると分かると、いい気持ちはしないだろうと思ったからだ。
時々、俺の前で彼女が沈んだ表情をしていた時には、大丈夫かと声を掛けることもあった。
しばらく会えないと、俺自身も寂しくなっていたのだろう。
もう会えないかと思ったなんて言葉が俺の口から出てきたこともあった。
少なからず、珠美は同年代では唯一、気を許せる存在ではあったのだろう。
しかし、これが恋愛感情なのか分からなかったため、確かめたいと思った。
そのためには、デーティング期間ということになっている、業 冥への気持ちを完全に自分の中から消し去ることが必要だった。
だからこそ、強情な女を、怪しげな通販サイトで購入した横文字だらけの薬を使って眠らせ、無理やり犯した。
そうすることで、向こうから嫌いになってもらうようにしたのだ。
俺が刺されて倒れ込んでいるとき、由紀の隣で応急処置の手伝いをしてくれた記憶があるな、あの男。
ソイツが、書類を読み上げている。
『……珠美 由紀《たまみ ゆき》。
母親が優秀なカウンセラー。
その手腕はアメリカからも引っ張りだこ。
非常勤ではあるが、日本の大学で教授もしている。それに娘の由紀の世話など、3足のわらじを履いている。
娘も母のようになりたいと考え、早く高校を卒業してアメリカに行けるよう、単位制高校に進学する。
当時は、中学の教師、富岡 孝平に好意を抱いていた。
しかし、それは本当の恋愛感情ではなく、不幸な身の上だったために同情心を好意だと思い込んでいただけだった。
そのうちに、アメリカで入学先の大学の下見や準備も兼ねたかったため、母の助手として浅川将輝《あさかわ まさき》のカウンセリングに参加。
カウンセリングの手伝い中、熱を出して倒れた際、彼に介抱された。
それ以来、段々彼のことを異性として意識し始めており、好意を抱いている節がある。
3年間で取得するべき単位数はゆうに超えている彼女は、今の高校2年生が終わったら、現時点で高校3年生の人と一緒に卒業できる。
そのことを現高3と同級生からはよく思われていないようで、いじめを受けている。
学校内の裏サイトに悪口が書かれているだけでは留まらず、どこから手に入れたのか、女子に高校の修学旅行先で隠し撮りされた裸の写真まで載せられているようだ。
これ以外にどんな仕打ちを受けているかは、現在も調査中である。』
途中から、その資料をひったくってやりたい衝動に駆られていた。
高校で、いじめられている、だと?
俺の前で、ほんの一瞬だが沈んだ顔をしていたのは、それが理由なのか?
……俺の前では、大丈夫なんて笑顔すら見せていた。
俺なんて他人にすぎない。
だからこそ、気負わず話してほしかったのに。
カウンセリングの書類を部屋に運んできたときも、ふらふらした足取りで歩いていた。
見ていられなくて肩を支えてやると、身体が熱かった。
手近にあった体温計を無理やり使わせた上で、空いた部屋のベッドに寝かせてやった。
その時も、そうだ。
人に心配をかけまいと、コイツは何でも自分で背負い込むのだ。
……俺なんかじゃ、危なっかしいコイツの支えになれないのかな。
そんなことを考えていると、あの集団はどこかに行った。
珠美は残っているようだ。
俺の分のコーヒーと、甘めの冷たいカフェオレを買ってやる。
「おい!
そこの泣いている女に差し入れだ。
早く受け取れ!」
弾かれたように顔を上げた珠美の目からは、大粒の涙が溢れていた。



