ボーダー

皆で、カフェで飲み物を頼んで、8人の大所帯で席に座った。

金曜日の夕方ということもあって、入院患者のお見舞い帰りの人が多いのか、割と混んでいたが、何とか確保できた。

さっきの話だけど、と言って、オレンジジュースをストローで飲んでいた良太郎が話し出す。

「お姉ちゃん、言ってたよ。
よく学園に来るから、学校は?って聞いたときに、行かなくていいのもあるけど、積極的に行きたくはないかな、って。
この学園でオレたちと遊んでる方が楽しいし落ち着く、って。」

良太郎につられるように、勇馬くんもポツポツと話しだした。
声が掠れたり裏返ったりしているのは、声変わりのし始めであるらしい。

「お姉ちゃん、もしかしていじめられてる?
いじめられてる学園の子と同じような寂しい目をしてる、って、オレが言っちゃったことがあったんだ。
今思えば、軽率だったな、と思うんだけど。
その時、子供の前じゃ、隠し事できないな、って言ってた。
さっきの資料、間違いはないと思うよ!」

「私たちも気付かなかった。
そういうのを、私たちに悟られないように隠すの上手いんだよね。
心理学を学んでるから、当然なんだろうけど。

中学の頃の、担任の富岡先生にガチ恋だったのも、言われるまで気付かなかったもん。

でも、いじめられる、って相当なストレスだから、身体のどっかにガタは来てたと思うんだよね。
食べ物受け付けないとか、いろいろ。」

これ以上、ここでこの話は進みそうにないと判断したオレは、話を変えることにした。
オレとは違うテーブルに座る、奈斗をまっすぐ見つめて、問いかけた。

「……教えてくれ。
何でお前はそんなに変わっちゃったのか、その理由を。」

奈斗は覚悟を決めたようにゆっくりと話し出した。

「あれは10年前、オレが学級裁判で有罪になった日の一週間後かな。

諸費を盗んでまでケーキを買ってやりたい、って思ってたその母さんが心臓の病気で亡くなったんだ。
すぐ後にオレは親戚のおばさんの家に預けられたんだけど、その人に毎日のように暴力振るわれてさ。
殴られたり、まともな食事を与えられないのもザラだった。

学校でもいじめられて。
オレの居場所なんてどこにもなかった。
それからだよ。
だんだんオレまで周囲の人を憎むようになっていった。

自分以外は敵だ、とさえ思った。
ちょっとしたことでも周りに当たって……
オレはだんだん悪い方に変わっていったんだ。

父さんも多額の借金を残して家を出て行った。
今は何してるのかなんて知らない。

オレも学校には行かなくなった。
給食費とかも払えなかったしな。

今は身寄りのない子供たちが集まる、賢正学園で過ごしている。
だけど、いずれ、高校を卒業したら施設も出ることになる。

その時どうするかは、まだ考えてはいないんだけど、いずれは考えなくちゃならない。」

「高校出たら18だろ?
法律的には結婚出来るんだから、結婚すれば家の心配はしなくてよくなるんじゃね?

民法だと、結婚すれば法律上は成年扱いになるから、賃貸の契約もできるからな。」

ミツがさらっと言うと、有海ちゃんも奈斗も、コーヒーを吹きこぼしそうになりながら、顔を赤くして手を顔の前で振っていた。

「それは無理だな。
コイツの両親、それ相応の経歴持つ男じゃないと結婚の許しをくれなさそうだし。

なんせ、娘が将来有望なピアニストだからな。
どこぞの馬の骨かも分からない男に娘を渡したくないんだろうよ。」

そう言えば、資料に書いてあったな。
両親が勝手に恋人候補を探してくる、って。

有海ちゃん本人の自主性は無視なのかよ。

「……奈斗、ごめんな。
思い返してみれば、あの学級裁判の前後から、奈斗の様子おかしかったからな。
塞ぎ込んでたり、昼寝の時間以外にも寝たがったり。
お前がそんな状況なのに気付かなかったオレらも悪いだろ。

学級裁判で追い詰めたの、他ならぬオレなんだし。」

「たらればを今言っても仕方ない。
学級裁判の件も、気にしてない。

オレが悪いんだ。
そうだろ?
オレは外傷とかもないようだし、組み敷かれたときに骨折れたりとかもしてなかったみたいだからな。

大人しく、明後日から一足早く、更生のために努力してくるよ。

……今、オレの隣で泣きそうになってる女に言いたいこともあるしな。」

奈斗の返答に頼もしさを感じながら、電話が来たので席を外した。

電話の相手は村西さんだ。

「奈斗の方は検査が終わったところです。
異常なかったとのことなので、お手数かけますが、手配をお願いします。」

『……分かった。
当日の段取りは今日中には連絡する。』

「よろしくお願いします、村西さん。」

『……お前も来るか?
婚約者に言いたいこともあるだろ。』

「……オレは、今回は行きません。
行くと、今度こそ帰国したくなくなる気がしていて。
それはあんまりです。
それに、こっちではまだやりたいこともありますから。」

オレの返答に、そうか、と一言告げられた後、電話は切られた。

席に戻ると、ハナとミツがそれぞれ、奈斗と楽しそうに会話をしていた。

おい、いつの間に和解したわけ?