ボーダー

「お疲れ様でしたー!
お先に失礼します!」

上司にそう言って、さっそく、思い出の海に行くために電車に乗り込んだはいいけど……

電車内でマナー違反発見!
だって、優先席付近で携帯使って、しかも大声で話してるって……
ありえないでしょ。

「……ちょっと!
何、優先席付近なのに携帯で通話してるのよ!
優先席付近では電源、切るようにっていうアナウンス、あったでしょ?
しかも、リュック背負ったままだし!
リュックくらい前に抱えなさいよ!」

「……あ?
なんだテメー!
偉そうに!
学級委員かよ!
説教してんじゃねー!」

さりげなくお尻触られたし!

「きゃあっ!!」

強く胸ぐらを掴まれて、スカートの中を撮影された。
携帯のカメラはカモフラージュ。
カメラ本体は靴の爪先だろう。

何コレ……

思いっきり、痴漢じゃない!

習った合気道も、技をかける側が動きを制限されていては、厳しいものがある。

合気道の師匠に、言われたことがある。

「合気道を習いさえすればさまざまな危険に対処出来ると思い上がるな。
その油断が隙を生む、って。」

あの言葉、聞き流さないで、ちゃんと胸に留めておけばよかった。

恐怖心と胸ぐらを掴まれている痛みでほんの少し、呼吸が苦しくなってきた。
……その時。

「おい。
何やってんだよ。
……俺の女なんだけど?
何か用かよ。」

聞き覚えのある低い艶やかな声。
少しドスがきいているのは、怒ってくれてる?

康一郎!って言ったつもりが、恐怖心からか、全く声になっていなかった。

「キサマら、コイツの服の中見たよな?
しかも、スカートの中撮影したよな?
その携帯のカメラで。
今すぐわいせつと公務執行妨害の罪で警察に連れて行ってやってもいいんだぞ?」

うまく呼吸ができないので、軽く咳き込みながら言う。

「撮影してたじゃない。
靴の爪先にカメラ仕込んでね。
携帯のカメラはカモフラージュ。違う?
周囲の様子をキョロキョロ窺いながらしか痴漢できない野郎が、堂々と携帯のカメラで痴漢なんてするはずない。
すぐバレるもの。

さぁ、なにか反論は?」

「なんだ、うぜぇな!!
この女に狙いつけなきゃよかったぜ……
んで、部外者のオッサンは黙ってろっ!」

「んな大口叩いていられるのも今のうちだぞ?
俺が今持ってるカメラに、キサマらのわいせつの瞬間の動画が入ってんだよ。
なんなら、この動画をキサマらの会社に送り付けてやろうか?
"日京電力"商社に。

映像をよーく解析させたら、男のカバンから社員証のストラップが見えた。
紛失防止なんだろうが、ちゃんと見えないようにしまっとけよ。
もうひとりのやつのカバンからも資料が見えてる。
コンプライアンスがなってないぞ?」

康一郎、いつの間にコイツらのこと調べたの?
何か、ドラマとか漫画の中の人みたい……

2人の男の顔が青ざめるのと同時に、乗客のざわめきが大きくなった。
痴漢だって、最低!
男の恥ね!などと、女性客からヤジが飛んだ。
女性同士の結託感は、こういう時に最強だ。

「お嬢さん、大丈夫?」

「怪我とかない?」

「大丈夫です、ありがとうございます。」

職場でよくやるスマイルで、女性たちの気遣いへの感謝を示した。

この男たちの勤めている会社は、日本国内でかなら高い売上業績を誇っている会社だという。

その会社の社員がこんなことをしたとなれば、
当然、信用も評判も株も下がるだろう。

「社内規定違反で懲戒解雇か停職か?
それがイヤなら、大人しくここで駅員と一緒に警察を待つんだな。」

康一郎の一言が、トドメの一撃となって、男たちはその場でガックリとうなだれた。
男2人の身柄は警察に引き渡された。

どうやら、私も一緒に事情聴取を受けるみたいだ。

「うわっ!
だ、大丈夫?」

警察署に向かう途中、急に足の力が抜けてホームにへたり込んでしまった。

「志穂、大丈夫だよ?
俺がついてるからね?」

康一郎が私の手を取って立たせてくれた。
康一郎の手は、大きくて温かくて。
安心する温もりだった。
少し呼吸がしづらいし、息も荒い。

「ずっと胸ぐらを掴まれてたから、キツイんだろ。
掴まれ。」

康一郎は、私を肩に掴まらせて、歩かせてくれた。

「時任、駅員室に連絡。
水を用意させておけ。
あとは万が一のために担架もな。」

康一郎は、事情聴取のあいだもずっと、横で手を握ってくれていた。

コップ1杯の水を飲んでしばらくすると息が荒いのは落ち着いた。

私は何せ、明日香さんの件にも関わっているから、1時間半くらい事情聴取を受けた。

「正義感が強いのはいいけど、程々にね」

警察官から注意を受けた。