ボーダー

明日香は、どう言葉を紡いだら良いのかわからない様子だった。

重い空気を断ち切るように、明日香が注文したカルボナーラとアイスコーヒーが来て、同時に俺が頼んだボンゴレ生パスタも来た。

それがキッカケになったようだ。

「ヒドい!なにそれ!
可哀想だよ……
志穂さんって人も……柏木室長、
じゃない、義理のお兄ちゃんも!
なんとかする!
義理のお兄ちゃんはいい人だもん!
志穂さんって人も、何か事情があったんだよ、きっと。
義理のお兄ちゃんが志穂さんとより戻したら、その古いアイドルみたいな恋愛禁止も解かれるんでしょ?

エージェントルームだと肩身狭そうだもん。
ハナちゃんとミツくん。
それに、ナナちゃんと矢榛くん、かな。」

そこで一度言葉を切る。

「お兄ちゃんも食べれば?
いただきます。」

この店に行く道すがら、明日香に話した。

近い将来、明日香は俺の義理の妹に、俺は明日香にとって義理の兄になるから、外ではお兄ちゃん呼びでいい、と。

彼女は意外なほどあっさりと承諾してくれた。

呼ばれなれないからくすぐったい。
いい妹持ったな……俺。

「過去の話だよ。」

カルボナーラを食べる手を止めて、強い口調で言う明日香。

「過去の話だよ、って言うのは簡単よ!
その言葉を使えば、現実と向き合わなくて済むわ。便利な言葉よ。
執拗な嫌がらせする人間は、私も大嫌い。
見ると吐き気がする。
でも、立ち向かう方法はあるはずよ。
まぁ、どっかの誰かみたいに、性根が腐りきっている人はちょっと難しいかも知れないけど。

でもね、見てれば分かる。
お兄ちゃん、まだちゃんと好きなんでしょ?志穂さんのこと。
出来るなら自分が彼女を幸せにしたい、って思うんでしょ?

だから週に3回、再会できたらいいな、って思って思い出の海に行ってるんでしょ?」

「ああ。
行っているが、何で分かった?
明日香……」

今までの会話に、海なんて単語は出さないようにしていたはず。

「お兄ちゃんがエージェントルームに来ると身体から潮の香りがするの。
自分で全く気づいてなかったでしょ?
それでピン!ときたの。」

女って勘がいいんだな。

ひとしきり自分が話したらお腹が空いたのか、カルボナーラを無心で食べ始めた。

「明日香の選ぶ店はだいたい美味いな。」

「そうかな?
お兄ちゃんに気に入ってもらえてよかった。

明日香と俺が昼食を食べ終えて、一息ついていると、明日香の携帯が鳴った。

「あ、ごめんお兄ちゃん。
ちょっと出てくるね。」

俺の安らぎの時間を邪魔してはいけないと思ったのか、電話持って席を立った。

しばらく丁寧な口調で受け答えをしている。

ブランドやら、打ち合わせやら、という単語が聞こえてくる。

しばらくして戻ってきた明日香は、申し訳無さそうに眉を下げた。

「……ごめん、お兄ちゃん。
仕事、入っちゃった。
マレーシアではバタバタしてたし、ゆっくり話したかったのに、ごめんね。

お兄ちゃんはゆっくりしていって!」

明日香はそう言って、自分のお金をテーブルの上に置いて、店を出ていってしまった。

テーブルの上には、付箋がついた名刺が乗っかっていた。
芸能事務所社長の名刺のようだ。

付箋には、明日香の整った字が書かれていた。
いつ書いたんだ?こんなの。

『お昼ごはんのついでに相談したかったけど、時間がなかった。
この事務所の人から、ナナちゃんがスカウトされたのだけれど、このご時世だし、怪しい感じもするの。
ちゃんと信頼の置けるところかどうか、調べてほしい。
お願いします、室長!』

ナナちゃんか。
高校生にしてはスタイルがいい。
これ以上、男でしかも、オッサンの範疇に入る俺が言うとセクハラになるから言わないが。

出るところの出たスタイルを、際どいことに利用しようという輩もいるのかもしれない。
まだ未成年だぞ。

少し、調べてみるか。

忙しそうだよな……
明日香。

明日香は小さい頃から服が好きで、高校生の時から大学生までアパレルショップでアルバイトをしていた。
メキメキ成長し、その会社の社員となってからは店長まで登りつめた。
最近は自分の店とともに自分のアパレルブランドを作りたいと、色々勉強しているようだ。
スタイリストの仕事のオファーもたまにあるみたいだ。

まあ、何より、仕事をしているときの本人の顔が楽しそうだからいいんだけど。

明日香に話を聞いてもらって分かった。

明日香の言うとおり、逃げてばかりじゃ……
何も解決しないって。