サーナは幼い姫君を抱えたまま、息を凝らして森の茂みに身をひそめた。
 外には、まだ暗殺者が残っている、可能性を捨てきれなかった。
 姫の身の安全を考えれば、迂闊に動きまわるわけにもいかない。

 とにかく、身を隠す。それが、いまの彼女にできる精一杯のことだった。
 やがて、燃えさかる炎に照らされて、駆けつけてくる人影が見えた。

 王宮の衛兵たちが異変に気づいたのだろう。
 火のはじける音に、怒鳴り声や叫び声が混じる。
 たちまち消火活動が始まる。

 けれど、それでもサーナはその場に縫いとめられたように動けなかった。
 身体のふるえがとまらない。力が入らない。
 乾ききった唇がわななくのを、とめられない。
 助けを呼びたいのに、声すらでない。

 ただ、胸に抱いた幼い姫のぬくもりだけが、彼女をささえていた。
 意識を手放さないでいられた。

 あたりはすでに喧騒につつまれている。
 それにもかかわらず、たった一人の声と姿を彼女は見分けた。

 はじかれたように動く。

「リュイス様っ!」

 呼ぶ声に気づいて、リュイスがふりかえる。
 黒い瞳が見開かれる。
 髪を振り乱し、血塗れで壮絶な姿のサーナが、姫を抱えて駆け寄ってくる。

「サーナ! 姫は……!」

 無事をたずねかけたリュイスの言葉は否応なく途切れる。
 サーナが、幼い姫ごと彼の胸に倒れ込むようにして、飛び込んできたのだった。
 あわてて受け止める。

「リュイス様っ!」

 わっと声を上げて、サーナは泣き出した。
 もう安心だった。
 リュイス様さえ、側にいてくだされば。

「サーナ、どうしたんだ。なにがあった?」

 ためらいがちながらも、なだめるように背をなでてくれるリュイスの大きな手に、サーナは何より心癒されるものを感じていた。