ざわざわと風もないのに枝葉のゆれる音がする。

 湿った土と草の匂いが鼻につく。
 空は闇に閉ざされ、星明りすらない。
 己の足元すら判然とはしない。

 けれど、リュイスは迷うことも躊躇うこともなかった。

(『来よ』と)

 呼ぶ声があるから。
 ただ、まっすぐに歩を進める。

 すれ違う数多の気配があった。

 柔らかな、優しげな、あるいは厳しく、冷たい気配の数々。

 拒むようにリュイスを押しのける。
 誘うようにリュイスにまとわりつく。

 けれど、惑わされることはない。
 心を動かされることもない。
 ただ、前を目差す。

 彼を呼ぶもの、そして彼が求めるものを目差す。
 道はやがて階段に変わった。
 下へ、下へと降りていく階。

 導かれるように、リュイスは下っていく。
 階段は前後に折れ曲がりながらもなおも続く。

 深く深く、地中深くに分け入っていくように。

 風の音がさらに騒がしくなっていく。
 湿った土と草のにおいが濃密になる。

 疲れは微塵も感じなかった。
 気分はここ数年にないほどに、明瞭で爽快だった。

 彼を呼ぶ声は近い。

 ただどこまでもどこまでも下っていく。
 ただただ足を動かしていく。
 まるで永遠に終らない道行きかのようだった。
 けれど、それは唐突に終った。