恋する乙女は演技派――簡単だ。
例えばPCの使い方を知っていても分からないフリをして教えて貰えばいいし、
歴史の問題が解けるとしても、見当も付かないフリをして習えばいい。
共同作業を通して相手を物知りだとおだてることで、二人の距離感はぐっと縮むものだ。
まだ若い子なら褒め褒め作戦は有効だと愛美が言っていたし、
実際にクラスの男子に宿題見せてと頼む時に、『難しいのに凄い!』と言えば喜んで写させてくれる。
彼らは女子よりも遥かに純粋なのだと、結衣は一人前なことを思った。
だから、この片思いマジックは簡単な話だ。
辞書があるなら、忘れたフリをすればいい。
“偶然”忘れて隣のクラスに借りに行ったら、“奇遇”にも近藤が辞書を持っていたので借りた。
これこそがグダグダな三人娘が編み出した偶然奇遇作戦である。
何かと計算して接点を作ることを方針にしているプロジェクトを、
卑怯だとか姑息だとか文句をぶつけられる筋合いはない。
なぜなら結衣は頑張っているからだ。
努力をして話しかけたり、わざとらしいにしろ努力をして自らアクションを起こしている。
待っているだけでもないし、見ているだけでもない。
精一杯に恋が進展するよう努力を重ねて頑張っている。
これが妄想のみの展開になるならば、
主人公の結衣は想い人の近藤と、実は十年前に運命的な出会いを果たしちゃっていたり、
とんだ弱みを握られて恋人役を強制されちゃったりなんかして、
ラブトラップに恵まれちゃって、障害を乗り越えちゃって、晴れて結ばれちゃう。
あらまあ、なんて夢のようなお話。
プロットだけで満たされてしまう幸せな物語だ。
けれども、可哀相なことに運命なんて実際の世界にはなかなかない。
そんな世の中、待ってばかりでは歳をとるだけで、
奇跡の出会いを導くのは自分自身だと言えよう。
定番でベタで王道でお約束でセオリー……そんな偶然奇遇作戦は馬鹿にされるものではないはずだ。
と、もっともらしく主張しておこう。
でなければ、結衣がイタい子になってしまうため、言葉の綾でごまかしておこう。



