揺らぐ幻影


小学生の頃は蛍光ペンやサインペン、とにかく三十本近く筆箱にカラーペンを詰め込んでいた。

そんな子供らしいペンケースをマスカラみたいに振ったような乱雑な音が似合うのは、

グループで集まり談笑を繰り広げるE組の教室だ。


「あはは、これで英語頑張りなよ、成績アップ間違いなし。ブービー女」

わざとらしく笑う愛美から、流れ星色をした勇者の秘宝を渡される。

それは近藤と喋った証拠、自分が頑張った証拠、友人が協力してくれた証拠――

それは何の変哲もない電子辞書。

軽いとみるか、重たいとみるかは本人の気分次第だ。


  英語頑張ろ

必要以上ににやにやして結衣は英語の授業にとりかかった。


空調の優れない部屋は、むわむわとした不快な空気が充満している。

昭和顔の先生は見かけによらず、発音よくネイティブな英文を読んでいく。


マドカ高校の授業風景は、荒れたりうるさかったりの妨害なんてない。

真面目にノートをとる生徒に紛れて、次の授業の宿題の内職をしたり、教科書を立てて化粧直しをしたり、

個人個人が何をしていようが静かなら放置して授業を進める先生が多い。


中学と高校は雰囲気が違い、歳を重ねると、自己責任といった言葉に縛られていく謎。

徐々に結果に対する言い訳も弁解も許されなくなり、

だから大人は挑戦することが怖くなり、安全策ばかりを練るようになる。

安定、健全、妥当。リスキーな生き方よりも、現状維持に勤しむようになる。


しかし、片思いはチャレンジをしなければ始まりもしない。

そう、三流ナルシスト少女な結衣のように。


「あの、今日当たる日で。……田上、さん、辞書。一瞬貸してくれない?」

申し訳なさそうにこちらに手を合わせる大塚は、どうしていつもオドオドしているのだろうか。

もう少しお腹に力を入れて話せば、好感度がアップするだろうにと、

本人には言えないが、もったいないと結衣は思っている。


「あ、私二個あるから全然ずっといーよ」と、自分がいつも学校に置きっぱなしの方を貸してあげた。


そう、電子辞書なんて借りなくても持っていた。