好きな人の机には購買で買ったらしい白身魚のフライが人気で、朝一で売り切れる幕ノ内弁当と、
アンバランスな無糖コーヒー牛乳が置かれていて、
緊張で気持ちにゆとりがないはずなのだけれど、背を高くしたいのだろうと朧げに思った。
部外者の結衣が教室に入った瞬間、数人に顔を向けられ、
ホッペが赤くならないよう奥歯を軽く噛んだ。
も、見ないでってば!
彼らの『誰?』と言った顔から、自分の認知度の低さが窺え、
居心地が悪い上に、この先の展開に期待できそうもなかった。
しかし、今引き返す方が不法侵入の不審者としてスタンプを押されてしまうため、
勇気を出して、細い喉にカツを入れた。
「あの! ごめん、辞書、英語……辞書持ってる? 貸して欲しいー……くて、辞書。」
手前の近藤は入り口に背を向けており、結衣は後ろ頭へ一方的に話しかけている状態だ。
彼の奥に居る市井はこちらと目が合うので、
普通に考えて話しかけやすいのは好きな人の友人なのだけれど、
ここで簡単な方へ逃げると、今後さっぱり進めないだろうから、
優しい瞳に気付かないふりをして、結衣は近藤だけに言った。
たかが辞書ごときで、何を緊張しているのやら。
以前、D組の顔しか知らない男子生徒に、国語の五分間読書の本を貸してあげたことがあった。
その人に何も思わなかったのだから、近藤だって結衣に嫌悪を抱くきっかけがないはずだ。
大丈夫……
ふんわりした髪が可愛い、毛先の隙間で立った耳が覗いているところが好き。
結衣は分かってしまった。
服飾コースの教室を華やかに感じるのは、大好きな少年が居るせいではないか。
近藤が生活する場所だからこそ、特別な教室に思える訳だ。
ドキドキで左胸にある鼓動の源が爆発してしまいそう。
ここはまるでVIPルーム、関係者以外は迂闊に足を踏み入れてはならない。
そういう場所に相応しいのは同伴者のみ、だから結衣は早く近藤洋平の彼女という肩書を手に入れなければと、
一人、F組の世界への野望を意気込んだ。



