揺らぐ幻影


「ぽこりん結衣と付き合った方がいいって」

「唯一顔が取り柄だから結衣」

この期に及んで愛美と里緒菜が茶化すので、結衣は軽く叱るけれど、

本当はちっとも怒ってなんかいなくて、

むしろ、押すな押すなよのありきたりな前フリ並だ。


大好きだ。恋をしたから二人をたくさん好きになった。

嬉しくて堪らない贅沢者の仲間入りを果たせた。


好きな人が居る。

近藤はウサギのお財布を撫でた後、少しだけ真剣な瞳をした。
感情豊かな涙袋が微々に動いた。


「好きってのみで。理由とか、小出しにしない? 高校生のマニュアルなら順追って愛とか語るじゃん? それナシな感じで」

一瞬何を言ったのか分からなくて、でも結衣は理解できた。

そして不思議だった。
自分が男なら近藤なんじゃないかと変な運命を覚えるレベルで、あまりに価値観が似ている。


そう、これが恋物語のクライマックス、エンドロール直前の最高潮のシーンとなる場合、

晴れて二人は恥ずかしい程の愛の言葉を溢れるままに零し、なるほど後世に伝えたいべき名言をばしばし口にし、

客席を感動させたりキュンとさせたり、ドキドキさせたり切なくさせるべく甘い長台詞を披露するべきだ。


つまり、近藤は結衣に好きになった理由やら結衣の長所やらなんやら一方的にまくし立てるべきで、

結衣も返事として好きな気持ちを全てさらけ出しおおよそ小一時間ばかし二人は褒め合う対談をすべきである。


しかし、それはあくまて劇場版の話で、ここは通常版の世界、

今、二人が熱く語れば愛美・里緒菜・市井はキョトンだし、

非ロマンチストの結衣だってドン引きだ。

乙女が胸キュンするシーンで照れ臭くなる夢のない女は純愛に惹かれない。


それがどうした近藤洋平、女子高生初恋サクセスストーリーに甘い会話は必須、

彼はなんというぶち壊し方をするのか、最大の山場をナシにするつもりのよう。


八重歯を覗かせ半笑いの少年は続けた。

「だって俺が語れば胡散臭くね? イケメンすぎて普通に痛いから、はは。

だってただ好きなだけだよ、ふ、はは。まだ何も知らないのに何を語るっつーの、ね、何型? 誕生日は? どこ中? ほら、知らないって。あはは。

台本は覚えられない俺」