揺らぐ幻影


思惟は出会った瞬間から、ずっと止まったままなのかもしれない。


聞こえた声に頷くしかできなかった。

たとえ振る言葉が始まるとしても、もう結衣の全てを甘く溶かしてしまうのだろう。

惚れたら負け、きっとそんな感じだ。


「よく見るってゆーかなんか視界?に入って、あーあの子、みたいに。

前フリ長いな俺。校長か。ちょ辛抱して。あはは。は、……うん、まあ、それで、うん。メール?

なんか話したり? 立ち話、つうの、ふ、なんかフツーに田上さん居る、し」


この二ヶ月、二人が揃えば冗談ばかりで笑ってばかりだったせいか、

口調の割に真面目臭い近藤の態度がこそばゆくて、恥ずかしい。


少女の気持ちを知ってか知らずか、少年はゆっくりと偶然奇遇作戦を丁寧になぞってくれている。

分厚い小説を一ページ一ページ朗読してくれているような気分になる。

おやすみの前に、ベッドサイドで親が子供にお話をするように、

そう、テーブルサイドにはホットココアとちょうどマシュマロを摘めたら格別に良い。


「メールして、話して」と続ける近藤は結衣の瞳から一旦目を逸らし、

手元にある袋を見た。


バレンタインのお返しにマシュマロという定番は、お菓子屋さんによって外国で始まったらしい。

色が白いことから、ホワイトデーと名付けられたそうだ。

なんて、アルバイト先のお客さんらのガールズトークが情報元なので、

真相は定かではないけれど。


  バレンタイン、ぽこりん

色んなことを思い出す。

例えば初恋だとか好きになることだとかを教えてくれた近藤洋平のこと。



お互いが目を見て話せるのは、なんて幸せなんだろうか。
嫉妬が昇華していく気がした。

仮に振られても彼の記憶に、

近藤が高校時代を思い出す時に、田上結衣という女に告白されたと懐かしんでくれたなら、

頑張ったと胸を張って言える。


「…………。」

  私。頑張ったよね

青春時代を思い出す時にあんな子が居たなと、

巻き髪でも辞書でもピン球でも、何かが記憶に残っていたならそれってなかなか名誉だ。


初恋を褒めてあげたくて、結衣はウサギの頭を撫でてあげた。