「田上ーこの時期遅刻かー?」
「すみません」
テスト前のポイントをまとめた文字が黒板を飾りはじめる頃だった。
職員室で貰った届け出を渡す。
学年末用に大事な話をするのだから、授業に遅れないよう急ぐべきなのに、近藤はゆっくりだった。
あんなに彼は勉強していたのに、静香との時間の方が重要なのだろうか。
……。
「おはー」
「田上はよー」
挨拶を気軽にしてくれるE組が好きな癖に、結衣は黙ったまま席に向かった。
声をかけやすい、親しみやすいキャラクターをクラスで獲得したのは己の努力だったのに、
気さくな女子高生を演じていた割に、
険しい顔のまま机まで辿り着いた彼女は、ふとある視線に気付く。
……。
無垢な人は苦手。心のものさしが違いすぎて価値観が合わない。
「、はよ」
きっと意味がある言葉だ。
あの人に話しかける勇気と同等の奮励だったに違いない。
――。
大塚は、多分まだ結衣のことが好き。聞こえないふりをして椅子に座ったのは本人だ。
彼は馬鹿なんじゃないかと思った。苛々した。
無駄な好意を持ち、断ったのにしつこく押し付けようとしてくる無意識な純粋さは欝陶しい。
足音が聞こえる、ううん賑やかな声が響く。
赤ちゃんのガラガラを鳴らしてあげると無条件で笑い出すような、
心底楽しそうな笑い声は、一人の少女と一人の少年のものだと決まっている。
さっき自分が傷付けたあの人を違う女の子が笑わせてあげている。
それってあんまりだ。
それは結衣の役目なのだから狡いじゃないか。
確かに彼女の存在は服飾コースの生徒の例として随分と前からちらついていたが、
脇役どころかエキストラの域であり、
終盤になり取って付けた様に後から現れておいて卑怯だ。
許可なくお花畑の恋物語に現れたかと思うと、あっという間にお姫様という居場所を奪われ、
あろうことかお話を描く筆さえ盗まれてしまった。
魔法の羽根ペンさえあれば、結衣のラブストーリーはいつだってご都合主義なのに、
勝手にネガティブモードで進められていき、登場人物の性格が歪められ、
お姫様から転落して悲劇のヒロインになってしまった。



