揺らぐ幻影




暗い夜道は心細く、コンビニの明かりが砂漠のオアシスのよう、

帰宅を急ぐ人やこれから夜勤の人の目印になる。


五階建てマンションを地図記号で印すならハートを用いるのが適切なくらい、

住人は恋愛モード炸裂中だった。

自称男友達の遠回しな助言もあって、やる気に満ちた乙女はメールを弾く。


《DVD借りた、鉛筆の天ぷら知ってる?》

たかがメールはもうたかがではないようで、でもたかがな方が嬉しかったりもしたり、

結衣の中での些細な変化、片思いは心境の入れ代わりが激しいので詳細は知らない。


姉の彼氏が譲ってくれたコンポが歌うのは、ジャズアレンジした有名映画のインストゥルメタルで、

作業に集中したい時は声がない方が聞き流せるので自ずとはかどり、

また、原曲通りに楽譜をなぞらないピアノの遊びが脳みそを解してくれる。


近藤洋平の文字が浮かんだ画面を読む前からにやけてしまうのは、Yのストラップが似合う少女だ。

《懐かしい。あれめっちゃ食べたくね?》

《空想ですよ?笑》

《関係ないじゃん、UDON屋として持ちネタにする笑》

恋愛らしい内容は微塵もないガチャついた文字が並ぶやりとりは、

男心を熟知している小悪魔ガールなら、さぞかし許せないことだろう。

なぜ愛しの彼を褒めないのか、なぜ深い話をしないのか、なぜ思わせぶりな言葉を言わないのか、

悩み相談の一つでも持ち掛けて、ほっとけない子キャラになれと、お怒りかもしれない。

従って、ピンクペン先生にメールのチェックを依頼したなら、訂正だらけだと容易に想像がつく。


さて、好きな人に好かれるチャンスを色気ゼロの世間話で潰している自覚がないと結衣が評価されるなら、それは間違いだ。

擦れた彼女は恋愛経験がなかろうが、

ピュアガールではないので教室で暮らす内に培ったそれなりの知識があるため、

男子ウケを狙いにかかる術なら取得している。


けれども、結衣は別にぶりっ子しなくても良いと考えていた。


《掴みはOK笑。なんかネタない?笑》と送れば、《ロールのパンは複雑で悪と正義の狭間、苦しんでいるのです。》と返事、

この時点で結衣なりにモテ子を演じにかかっているからだ。