揺らぐ幻影


愛美のこと里緒菜のこと、大塚のこと、ろくに気付いてやれなかったと判明した時、

結衣は自分が疎ましかった。


そして市井雅。
彼が零した言葉の真意は、彼女が大人になりきれていなかったから良かったのかもしれない。


青春の象徴は、夕闇に溶ける放課後の校舎だ。

卒業した後の学校は愛しく、
当時の日常が宝物になるなんて、あの頃は知りもしなかったというのに雰囲気だけで涙を誘う。


例えば思い出を受け入れたくなくても、事実だから今ここに存在してしまう。

万が一振られたとして来年の今はどうなるのかと考えた結衣は、

目の前の人をどうしたらいいのか既に分からなかった。

「俺の彼女は年上美少女、聞いた? はは、……キレイだよ。ちょっとウケるから聞いて?」

また一歩下がる彼の足はどこに立っていて、どこに向かいたいのか。

机五つ分空いた距離は無意識?


どうして結衣が泣きたい気持ちになったのか謎だ。

彼は面白い話をするんだと自らハードルを上げる前フリをしたのだから、

愉快なお喋りに決まっているのに、切なくなるのはなぜなのだろう。

笑える自信がないのはなぜなのだろう。


さっきからどうして市井は自分が一生結婚しないといったように、

まだ見えない将来を決め付けて声にするのだろう。

変だった。
普通、王子様は身の上話をしないものだと本人も自覚しているらしく、

自分について語らないよう常日頃気を配っているのが伝わっていた。

軽々しくもない、ただ相手を愉しませるためにしか言葉を発しない人だったはずだ。


そんな性格のためかごまかすのが上手で、僅かにしか読み取れないけれど、今の市井の笑顔は変だった。

かっこよくない。
生まれてこのかた鏡を見たことがないのだろうか。

綺麗な顔をしているのに、泣く代わりに笑うことが趣味?

そんな台詞を問いかけたい。


口角を常に持ち上げているのはどうして?

不自然なくらいに表情が単調なことを把握していないのだろうか。

いつも相手を包み込む柔らかな笑みしかなく、つまらない表情をしていることを無自覚に違いない。


一体いつ誰に素を見せるのか。

市井という王子様に相応しいお姫様が浮かばずにいた。