揺らぐ幻影


「すっごい好きになって、すんごい好かれて、それが結婚願望? 女子は十六だからそゆこと話す? 男は二年あるから謎。

純粋、純愛、素晴らし過ぎて鳥肌だよ、ウケる、はは。ミーの時スピーチしてあげるから任せて」


市井の大袈裟な口調に、羞恥で肌が燃えるのではと不安になる。

結衣が近藤を好きだという事実を、やはり完璧に知っているらしい。

しかもバレバレなくらいだ。

自分から打ち明けておきながら、いざ、他人の口で語られる自身の話は恥ずかしかった。


「自作の歌にしてよ、あはは。市井くんと結婚したら私は玉の輿?、はは女の子の夢セレブ生活」

手の平で躍らされている感が半端ないので、結衣はたまらず悪口を叩く。


くるくる回すのをやめて鍵を握った。

二人の会話は静寂に浸る校舎によく響いて、耳の中まで浸透する。

だから紡いだ言葉の意味をもう一度考えることが可能となった。


がらんどう。
小学生の頃は知らなかった切ないという情景、

ロッカー、掃除道具入れ、ガムの銀紙、足跡のついたドア、普通が普通じゃなくなる時が、

大人たちが昔に戻りたくなる時で、青春だと焦がれる時で、

今こそ幼さと無垢さが武器な時代だ。


「あはは、遺産目当てか……田上さんが髪ショートにするなら考えてあげてもいいよ、はは」

ナルシストな上から目線な冗談を挟むし、ぼろくそに侮辱され、おかしくて二人で爆笑してしまった。


そんな市井はお喋りが上手だと思う。
普通、外見が優れている人は容姿ばかりに頼るため、中身が欠落している場合が多いのに、

人を笑わせる術をよく知っている。

というより年齢に似合わないくらい人の心の解し方を熟知していて怖い。


それからもう一つ。
話している相手の名前をよく口にするのは、出来る上司の術だと酔った父が熱弁していた。

なんでも会話の流れで自分の名前を呼ばれると、相手は自己を認められると実感できるんだとか。

なんて泥酔した人間の持論ほどあてにならないのだけれど。


だけど、もう、駄目。
市井雅という男は、ひどく大人なのではと思わずにはいられない反面、

笑い声は幼くて、ギャップにやられるとはこういう時なんだろうと人事ながらに感じた。