揺らぐ幻影


なぜ無視したのか。
なぜ背を向けたのか。
おかしい。
いつだって気遣かってくれるのは、そっちじゃないか。


夏休みに祖母が振る舞ってくれる桃の香りがするのは、あの時の飴を含んでいるせいなのだろう。

今の彼はらしくない。


「市井くんって。気付いてるよね? エスパーでしょ、イトウ」


ずっと聞きたかった。いつも言いたいことを隠し、こちらを見透かす市井に問いたかった。

まだ意味不明といった表情を作るしつこさに、「私の好きな人」とストレートに告げた。


すると気のせいだろうか。
ほんの一瞬、甘い顔が苦く歪んだように見えて、

今、目の前に披露されている柔らかな表情に違和感を感じた。


「頑張ってるなって思うよ。いろいろ。テスト勉強してる?」

  ……。

もしかしなくとも、彼は知らないフリをするつもりなのだろうか。

得意の笑顔を残し無理矢理話を終わらせ、じゃあねと足を進めようとするのは、

識見が誤っているとしても構わない。


微妙に態度が違うのは、周りに人が居ないから?

今までのわざとらしい距離の縮め方は、わざとらしく作り出された蕩ける雰囲気は、

ゴシップを操作しようとしていた?


勝手に解釈させて頂こう。
近藤と結衣がネタにならないよう、あなたは結衣をまるで大切な子と接するように演じていた?

ハテナはいらない。都合の良いプラス思考なら得意だ、長所だ。

あのおかしな噂の発信源は確実に王子様だ。


ああ、どうして結衣の周りは大人が集まるのか。

いつも後ろを追いかけるばかりで精一杯、隣に並べやしない。


「ありがと」

市井が居るから近藤が結衣を知ってくれたのは事実、市井が居なければ作戦は失敗だらけだった。

市井が王子様だから今こうして話をしている訳だ。


せめて感謝くらいしたい。
愛美や里緒菜と同じくらい欠かせない存在だ。

恋を抜きにしても誰かと関わることが自分の昨日を色付けるのだと思う。


けれど、「何が?」と、しらばっくれられる。

木綿のようにふわりと笑う彼は柔軟に包んでくれて、心地良いからとこちらばかりが癒されてしまう。


「頑張るから!」

ポッケから飴ちゃんを摘み出した時――