揺らぐ幻影

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公共の場では静けさを求められるが、物音一つしない学校は逆に不気味だと思う。

絵の具バケツを零したように、真っ赤な夕日が空を覆い尽くす。


小学生の時も中学生の時も、班長や掲示係や給食係なんていう役割がいちいちあったが、

高校生になると委員決め以外は自由、生徒にお任せといったスタンスだ。

けれども可愛らしいかな、一人制という押し付け具合だが日直だけは変わらずある。


仕事は黒板消しと日誌記入だけで、

結衣はE組に一冊しかないノートを書き終えると、放課後のみ職員室前に設置される棚に提出した。

里緒菜と愛美はアルバイトなので、先に帰ってもらったため、両サイドが少し淋しい。


帰りの会を告げるチャイムが鳴ってちょうど八十六分経てば、ここは変わる。

運動場では元気よく部活動をしているらしいが、校舎の中が侘しさを漂わせ懐古な心情になる不思議。

赤く差し込む終わりかけの太陽の相乗効果か、あるいは単純に人が居ないからか、切なくなる謎。


きつい影が廊下を占領している。

後は教室の鍵を締めて、用務室在中の鍵当番の人に託ければいい。



  ……靴、似合ってた

ほんのり甘い記憶を辿ると、幸せが増えていく。

他人の近藤がどうして結衣の心を左右させるのか。

人差し指にワッカを引っ掻け、くるくるとキーを回しながら、

彼女は好きな男子の着信メロディーを唇に乗せていた。

溢れた四分音符たちが可愛らしくスキップし始め、闇を追い出しきらきら光る。


「あ、」

灰色の校舎に現れたのは透けるような色をした人。

無意識に始まっていた鼻歌を止め、乙女は大きく手を振った。

けれども、その人物は確実にこちらに気付いたにも関わらず、

見えなかったとばかりに足を速める。


  、……

いつもはそちらから歩み寄って来てくれるのに何故。

避けられたような態度に、ハンドモップから延々と埃が零れるように胸の中がざわついた。

もう一度、同じように頭の上で手の平を左右に揺らし、

向こうまで駆け寄ったのは結衣だ。


その姿は恋人を追いかける必死な姿に似ていたとか、いないとか――