揺らぐ幻影


「なんで使うの!? これお土産なのに! 日本未発売なのに!」

綴りは読めないが誰でも見覚えがある程有名なお高いボディクリームだと知っていた。


「結衣いっつも! 中学ん時から香水? マスカラ? マニキュア?!」

ごめんなさいと何回言っても姉は一方的に怒るので、

最初こそ結衣は真剣に謝罪をしていたが、もう言葉の効力がないと判断したため、

適当にゴメンと魔女を鎮静化させるおまじないを唱えるも、

「もお〜! ストレス」という呪文には力及ばなかった。


せっかく綺麗な顔をしているのに、常に口角が下がりっぱなしで勿体ない家とは違い、

職場では綺麗な女を演じる神業に軽く引く。


「お肌に悪いよ?」と言えば、「あんたがストレス!」と叫ぶ頃には、怒りが発散されたのだと分かる。

今日も妹として一仕事終えたと妙な充実感を得ている最中、

「遊び。駄目だからね?」と冷ややかなトーンで告げられた。


  ……?

今日遊んだ子は門限が八時だから、きちんと帰ったつもりだったのだけれどと腑に落ちない結衣が、

「今日映画みた」と返すのを遮り、

「違う、身体目当てな奴は駄目ってこと」と囁かれた。


そうなれば今度は結衣が怒る番だった。

「別に! 違うも「あんた馬鹿だから騙されるって!」

「、な!」

  むかつく!

どうして好きな男子のことを悪く評価するのだろうか。

腹立たしいよりなにより悔しくて――そう、悲しくて、

そんな人ではないと妹は分かっているのに、姉は意地悪ばっかりする。



「……あーあ、泣いた」


ちっとも慌てない抑揚が長女らしいなと笑える。

きっと浮かれまくりの次女に釘を差しにきたのだろう。

怒りに来たのではなく、注意しにわざわざここに来たのだろう。


「野蛮じゃないし!」

だったら、妹はどこまでも妹で、

「結衣が泣いたらスッキリした」

姉はいつまでも姉、

田上家は喜劇、恐らく彼女が彼女である限り続くのだろう。


去り際、ベッドの上に黙って置かれたのは恋に役立つ甘いクリームで、

閉ざされたドアに胸が温かくなるのは秘密だ。

指先で掬って伸ばしてみれば、明日の空にぴったりなはずだ。