揺らぐ幻影


ボールの音やかけ声で喧しい中、いきなり結衣は苗字を呼ばれびっくりした。

活発な抑揚の持ち主なら知っている。
体育の試合で本気モードだった例のアタッカーだ。

運動部の決まりごとらしく、きちんとチャックをあげ体操服を着こなす女子生徒がいつの間にかすぐそばに立っており、

プラスで驚いた。


きつく一つに束ねた髪は授業中に黒板を見上げる時に、背中を踊っているのをよく目にした。


「おはよー」

あんまりというよりほとんど普段話さない関係だったので、

部活中にわざわざ歩み寄って来られたことが意外だったし、

結衣に気付いたにしろ、せいぜい手を振る程度で済んだだろうし、

何より一年生も終わる頃にも関わらず、二人きりになるのは初めてなのだ。

そのため 微妙に気まずいのだが、

うやむやに「朝練凄いねー」と言うマニュアルに従う。

  んー、

  練習してんじゃないの?

ブレザーの裾を軽く握った。

そういえば、この子は足の筋が綺麗なのに制服のスカート丈が微妙な位置で、

バランスが悪く見えるから勿体ないと思っていたんだったと、どうでもいいことが頭に浮かんだ。


「話そっか」

そう一言、健康的な笑顔を向けられ、

「……?、え」と戸惑う結衣をほっぽり、「すいませーん、自分抜けまーす」と先生や仲間に宣言し、

アタックガールは「どした? 元気ないじゃん?」と続ける。


思わぬ展開にぼんやりとしていたら、階段に腰掛けるよう手で誘導され、

特に断る理由もなかったので、なんとなく隣に落ち着いた。


冷たい風が前髪を持ち上げる。
少し汗の香りを誘う。


「えっと、」

状況が掴めず、結衣は曖昧に微笑んでみせた。

するとクラスメートの彼女は――いいや、ここは熱血と呼ばせていただこう。

結衣は常日頃から彼女の性格を熱いと感じ、安易に熱血とあだ名を付けていた。


熱血に流されて座ったものの、やはり世間話をするような仲でもないせいで、

僅かに居心地が悪くなった。


というのも、

「田上ちゃん今日の笑顔、らしくないじゃん?」


命名理由、

「話なら聞くよ?」

――お察しの通りアツイ人だからだ。