揺らぐ幻影


少し余談になるのだけれど、結衣は今、女のキャリアを一つ逃してしまった。

本人は気付いていないが、女としての振る舞い――そこを少し掘り下げてみよう。


中高時代を思い出せば、クラスメートの中で男子人気がある子と、女子に慕われる子は違う、

この言い伝えはきっと正しい。


あくまでたとえ話として、耳を傾けてみよう。

気のない大塚に告白をされた結衣は、別に律儀に振らなくても、

無垢な少女になれば己に非はなかったのだ。

こんな台詞――『友達としてしか考えたことがないよ』、『アタシ今は彼氏欲しいとかなくて……』、

『アタシなんか勿体ないよ』、『他に良い人がいるよ』、――なんて悩み抜いた返事の真意ならば、

恋愛経験がなくとも、人並みに成長してきた者には認知されているのではないだろうか。


そう、学校生活を振り返れば、誰しも一人くらいはキープ術を取得している女子に心当たりがあるはずだ。

天然で恋愛に疎い女の子が存在していたはずだ。


正しい日本語がある。
それは失恋したのかしていないのかを曖昧に大塚へ希望を残す告白への返し方で頻繁に見受けられる。

頑張れば彼氏になれるのではないかといった含みに溢れた丁重な扱いがポイントだ。

奥ゆかしい日本語マジックをなぞり、ハッキリしない態度が少年には毒となるのに、

天然だから気付かないふりをすれば、結衣は魔性の女になれた。

あいにく機会を逃したのだが、

ずっと大塚の恋心を独占することが可能なように純情ガールらしく純粋に悩んでいるふりをすれば、

好かれている自分という状況に優越感を味わうことは簡単なことだった。

『断りなよ』と友人にもっともなアドバイスをされても、結局は彼がいい人だからと感謝しておけば良い。

そうしたら、不特定多数にちやほやされる。


それこそが今、結衣が逃した女度の高いスキルなのだった。


勿体ないような気もするが、好きでもない人の好意は片思い中の彼女としては不必要だったし、

微妙な反応で大塚の心を縛るのは、天然天使ではなく単純に嫌な女に映って嫌だった。


恋愛が絡むと振り方一つ、何を優先するかで人間性を垣間見ることができるらしい。

さしあたり結衣は良い子に分類されるだろう。