揺らぐ幻影


「困るよ気まずい、嬉しいけど嬉しくない、なんか悪い、奴は私んこと過大評価してるって」


好きになられて困ることもあるのだと初めて分かった。

恋愛対象として見ていない人からの好意は困るのみで、気持ちに応えられないのは申し訳ない。


結衣は優しさが足りないのかもしれない。

こんな時にでも、別の男のことを、近藤のことを考えてしまっているのだから身勝手だ。

バレンタインの告白を、どうか迷惑だと煙たがられていませんようにと、

大塚のことより違う人のことで頭を一杯にしてしまうのだから、

なんて非情な女なのだろうか。

そんな人間を好きだなんて大塚はやっぱり無垢過ぎる。


紙パックの表面に水滴が浮かんでいたので、指の腹でそっと拭った。

誰かの涙を連想させた。


『良いなーモテ期、ぽこりんだって大塚だってチョコ受けとってくれたじゃん』


今度ばかりは完璧にカチンと来た。

怒りの沸点が高すぎて普段は滅多に人に苛々しないし、

特に里緒菜には後ろめたさがあるのに、どういう訳か非常に腹立たしかった。


今日の畏友はふざける方向が揚げ足取りみたいで、ちっとも面白くないから笑えない。

なぜなら、大塚に告白されたのは完璧義理なのにチョコをあげた人間が悪いと言いたそうだし、

だとすれば結衣は『小悪魔で男心を弄ぶ嫌な女』だと間接的に訴えられているようで、

凄く凄く気分が悪かった。


結衣が好かれたいのは近藤だけだと、里緒菜だって知っているじゃないか。


「じゃあ大塚なんかに渡すんじゃなかったー。市井にあげれば良かったーあはは。

なんてフラして頂こうかしら?」

本当は怒ってみたかったけれど、結衣のキレ芸はヒステリックになるだけだろうから止めた。

笑えない怒りんぼキャラにはなりたくはないと大人を演じ、

ヘラヘラ茶化していつものペースに戻そうとしたのだけれど――――


『大塚、可哀相』


なぜか友人は、らしくないシリアスな声を奏でていた。


果たして、結衣が里緒菜に電話をかけた真相は?


自慢はなかったと言い切れるのか、口ごもる。

どうして純粋な女の子になれないのか、たまに自分自身が汚く見える。