揺らぐ幻影


プライベートな内容に触れることを許されている感じが素直に嬉しい。

胸の中が熱くて、血液が巡る感覚が心地良い。


姉の名前を尋ねられたので、結衣も手短に「ちい、千に依存の千依」と伝えた。

たかが兄弟の話題だろうが、親密な会話に思えいちいち感動するウザさが初恋らしくて結構。


結衣が想う半分くらい近藤だってキュンとしてくれたらいいのにと期待するのも、

初々しくて微笑ましいじゃないか。


爽やかにしたいくてオレンジの消臭剤をベッドの下に置いているけれど、

悠長にアロマを炊く、なんだか矛盾しているような気がした。

乙女心はややこしい。
繊細という名の粗だらけで、それが普通だ。



『ちい、ゆい、あはは、似てる』

好きな人が話せば言葉に香水がかかるらしい。


  っわ、

  なにこれ、なに

声に温度があるなら、絶対に今耳の中をヤケドした。

心臓マッサージをする辺りがこそばゆく、

適当に喩えるなら、ランドセルを背負った大豆くらいのサイズの子供が七・八人走り回っている。

平成の時代、ときめきの魔法をかけてしまうのは一人の少女に一人の少年。

名前を呼ばれた。
ユイと言われた。

母親をお母さんと発音するぐらい深い意味のない固有名詞が輝き出す。


  どしよ、ヤバイ

好きな人に呼ばれる名前は――……
好きな人の音をした名前は――……


「私ら平凡な名前ー?」

『一発で読めるメリット、はは』

「あは、ね、今トって流行り?」

『カイトリクトハヤトヤマト? カッケェ名付けに対して俺ヘイだから。ショウヘイヘーイ、リアルに』

「あはは黄色の眼鏡。ヨシツネ? ヨリトモ?」

『源関係ない、ふ』

「はは、……うん、じゃあ、その、うんメール、する、」


きっと電話は用件を伝える目的で発明されたのに、理由のない無駄話は幸せを伝えてくれる。

そして、ある少女を不眠症にするには適していた。

明日を楽しみにすると、子供が興奮して眠れなくなる馬鹿馬鹿しさは尊い。


夜空に溶け込む並木には寒さを凌ぐ葉っぱがないのに、

それでも背筋を伸ばす木々は穏やかとは呼べない透明な風に包まれていた。

…‥