揺らぐ幻影


「私語なしだろ田上ー減点するぞ」

なぜ先生は喋っていない方に注意するのか。小学校の頃から変わらないお約束だと思う。


  まだ。

前の席に座る女子の背中に垂れている髪の束は真っ直ぐだ。


  ……、焦る?

結衣は深い息を吐いた。



近藤は付き合った人が居る。

彼女が一人。

手を繋いだのかとかキスをしたのかとか、考えなかったことはなくもない。

そういう触れ合いは嫌だと思うのだけれど、正直どれも経験がない結衣は、ちょっと嫉妬の仕方が分からない。


手を繋いでいたら嫌だ。
キスをしていたら嫌だ。
……済んでいたら嫌だ。
もちろん元カノに嫉妬する。


もし、やんちゃなタイプだったら?

そう、彼女は一人でも経験人数が違ったら?

嫌なのだけれど、なんだか生々しいことはやっぱりあんまり分からない。


近藤らファーストキスの相手が元カノなのだろうか。

結衣はまだなのに、嫌だなと思う。

しかし。
だったら、仮に好きな人は中学時代に健全なお付き合いのみで、

恋人らしいことをしていなかったのなら、平気なのかと言われると違う。


結局、これだ。
近藤が違う女の子に好きだと想っていたことが嫌だ。

結衣が聞いたことのない声で好きだと奏でていたのが嫌だ。

これが嫌なのだ。


だって抱きしめるとか頭を撫でるとか、この際感情なしでも可能で、

気持ちがあったことが嫌だった。


どんな風に恋愛をしたのか、自分以外の子を大事にしていたのが嫌だ。

でも彼女を大切にする男性であってほしいから、近藤は元カノと幸せな恋愛をしていてほしい――のに、やっぱり嫌だ。

結衣は自分の気持ちが謎だった。


  ……、

今、結衣が欲しているのは単純に好きだと言われる子になりたいことで、

近藤がとかではなく、高校一年生の女としてキスさえ知らない――周りと比べて焦るからこそ焦るんじゃなく、

気持ちを大事にしたい。

自分のペースで恋愛をすると決めたから、まだまだ先でいい。

今はただ一人の人になりたい。
好きを貰える一人の人になりたい。

できることなら、あの人が結衣からの好きを欲しがる人になってくれたら幸せだ。