揺らぐ幻影


「徹夜?」

まだ六時を過ぎたばかり、昨日と同じ服装の姉が けだるそうに帰宅を告げた。

粉っぽい肌、赤く充血した目をした女性は、冷蔵庫にある父親の栄養ドリンクを勢いよく飲み干すと、

「新店舗のさー、今っ更本社とデザイナーさん? なんか揉めて。

ピンヒールで力仕事とかないわ。んでスリッパはスリッパで痛いっていうー」と、

コンプライアンスを無視して内部事情に笑う。


話半分、我ながら似ていないと結衣はしばし姉を見上げた。

顔立ちは同じはずなのに雰囲気が全く違い、姉は俊敏な印象を受ける。

性格が見た目にも影響するのだろうか。


「お風呂沸かそっか、追い焚き? 抜いてるかな、お母さん最後だったし……昨日」

いつも意地悪な姉だけれど、社会人の彼女は確かに大人で嫌いにはなれない。

というより、精神面に魅力がある人には無条件で従いたくなる性分なのは、年下の特徴なのだろうか。

まだ固まっていない爪を気にせず、結衣はお風呂場へ向かおうと腰を上げたのだけれど、

「いい、化粧とって寝る」と断られ、だったらと再びマニキュアの瓶を手に取った。


四年前くらいはデコレーションに凝っていたし、小学生の頃は図工が大好きだったし、

細かい作業は集中して無心になれるから楽しい。


確認しようと触れば指紋の跡がついてしまったり、完全に乾ききっていないのに重ね塗りをしてグニュグニュになったり、

なんだか爪をいじるのは、車の運転やケーキに飾ると品が出るオレンジのオーナメントを作る時くらい性格を知るものさしになるようにも思えた。


煌めく丸いわっか。
シロップで煮込んだ薄切りのオレンジを、オープンで焼いたり水気を切ったり何度も繰り返す作業は、

速乾のものでもいつもせっかちが災いし、失敗してしまう結衣が、

辛抱強さを試されるマニキュアの感じに似ていると分析した。



空気が漏れる音、姉がソファーに座ったようだ。

早く寝れば良いのにといった心遣いが、伝わらないのが田上姉妹なのかもしれない。


右の口端だけを吊り上げたおかしな笑みを作る姉は妖艶なまでに唇を動かした。


「朝からマニキュアって結衣。何、気合い入れてー。バレンタインOKだったんだ?」