揺らぐ幻影


「……うー、……ん? ――ん、ちょ、冷静に、んーと、田上さん、は……えと。俺の、こと……その、……?」


丸い目が右へ左へアイスホッケーのように予想外の方向へと動く。

吃音ながらに話す様子からも、間違いなく今近藤の頭を支配しているのは田上結衣で、

それは数ヶ月前にありえなかったこと、ずっとずっと願っていたことで、

好きな人の時間を自分にくれていることで――それが現実だなんて、

チープな感動でいい、この満たされた気持ちをなんと歌えば伝わるのか。

結衣が頑張ったから意中の彼が、自分のことを考えてくれている。

心に居るのは間違いなく彼女だった。


  頑張れ

  頑張れるって

自分で自分を励ましたことで小悪魔が降臨したのか、一か八かカマをかけていた。

ふっくらとした唇が、結衣特有の甘ったるい音を奏でる。

二人が立つ間に浮かんだ言葉たちは、冬を増長させる風には流れやしない。


「好き。お正月より前、もっと前、でも文化祭は違うーでも夏休みの登校日の時は好き? ……分かんないけど。

知らないけど好き。でも近藤くん私、恋愛対象外?」


はい、いいえ。
二択。簡単な問題。

恋に音があるならば、それは好きな人の声をしている。


つまり沈黙が意味するのは失恋だろうと、恋愛ビギナーの結衣にだって分かる。

諦めたらここで終わりで、コーヒーショップに駆け込み、振られたのだと泣けばいい。

優しい二人の友人に励ましてもらい、別の新しい人に恋をすればいい。

そうやってイイ女は作られていく自然な流れに身を委ねたらいい。


けれど、この恋はまだ始まる前なのだから――


「振るのはナシの方で! イベントに乗っかろ? 、あはは、ホワイトデー頑張る! だってチョコ作ったし」


結衣なりに必死で計算なんてしていない。

しがみつける場所が他になくて、両手で強くコートを引っ張った。


作戦なんてない。素だ。

愛美や里緒菜やアルバイト先の人にさえ、この日この場面について相談をしたりアドバイスを貰わなかった。

この瞬間は、自分でちゃんと頑張らないといけない時だと分かっていたからだ。

勝負するのは結衣だけなのだと、自分が語っていた。