あらゆる思考がストップし、口が勝手に動いていたように思う。
もし今を振り返ったとしても、結衣は他人の物語として新鮮に読むことができるだろう。
それぐらい脳みそが働いていなかった。
「で、私、お願い、が、あって」
「……うん?」
踵が高いブーティーのため、いつもより目線が上で違和感が嬉しい。
母親の服の裾を幼子が掴むように、結衣も両手で真っ白なコートを強く握りしめた。
「作った、チョコ私。彼女に、なりたい。今日バレンタインじゃん。ねえ、ほら、渡したもん。ね? 近藤くん、ホワイトデーに返事、ほら、バレンタイン、今日、乙女はチョコだし?」
会話は相手が居て成立するので、これでは少女の独り言だ。
「……ん?、」
赤い唇をハムスターの口のような形にさせ、
近藤はよく分からないといった顔を――しかし、彼女の発言を困惑ながらも理解しようとしているらしく、
幼稚園児の支離滅裂な話を薄ら笑い気味で耳を傾ける――柔らかな表情を見せた。
告白のようで告白ではない、曖昧な宣告。
同級生の伝えたい意図がさっぱり分からないのか考え込む少年は、もう一度唇を噛み直した。
一方、少女は状況を理解できやしなかった。なんだか知らない人が勝手に喋っていて混乱してしまう。
ちらりと覗く近藤の八重歯は新発見だと、この期に及んで可愛いなんてときめいたりする。
通りすがりの家族から送られる視線を、勝手に応援されているのだとすり替え、都合良く解釈すればパワーに繋がる。
「ホワイトデー! 頑張る、バレンタインだし」
結衣は真っすぐに近藤を見つめた。
瞳に映りたいなら話しかければ簡単、彼の目線を手に入れられたいのなら、好かれる子であれば簡単。
簡単、努力をすれば何かしら意味を持つのだから無駄な時間にはならない。
たとえ叶わなくとも、名前を呼んで、自分の声に振り向いてくれる内は頑張りたい。
いつかの未来に繋がるはずだから、後悔する行動なんて存在しないはずだ。
そう、前向きに勘違いをして自分を騙して頑張ればいい。
恋をしたなら、良識の範囲内で馬鹿に振る舞えば幸せだと信じたい。
ほら、この痛さが学生の強味だ。



