本当に不思議な話だった。

好きな人の名前は近藤洋平、あだ名はコンコン。

隣に並んだことがないため分からないのだけれど、背は結衣とあまり変わらないくらいでヒールを履いたら逆転しそうだが、

そんなの好きだから身長なんて気にならない。


好きな色は知らないが、体育の組決めゼッケンでいつも彼は進んで青を選ぶから、

単純に見慣れているだけだけれど、似合う色は青だと思う。


趣味も出身地も好きな食べ物も家族構成も何も知らない。

誰かプロフィールを教えてほしい。可能なら好きなタイプも欲張りたいところだ。

提供者に情報料としてそれに見合った金額を渡したいほど、彼のことを彼女は知りたかった。


――そう、結衣は好きな人の性格さえ知らない。

恋愛においてとても重要な中身を何も知りやしない。


となれば、彼女は彼の顔だけに惚れたことになるのだろうか。

俗に言う一目惚れなのだろうか。見た目に恋をしているというのだろうか。

しかし、そういう軟派ではないはずだ。


思いっきり眉間に皺を寄せ、結衣は記憶を辿りはじめた。

  なんで好きになったんだっけ?

  きっかけって何……


学年で断トツの人気がある市井をなんとなく見るうちに、

彼の影にいる近藤の存在を知り、なんとなく気になり出したのだと思う。

そして、なんとなく気付いた時には好きになっていた。


なんとなくという言葉しか浮かばないなんて、曖昧でしかない。


  性格は、きっと、優しい……?

  多分穏やか、意外とまじめっぽい

  誠実そう

――と、いくら取り繕おうが、結局知っているのは見た目だけだ。

従って、どんなに気持ちを整理しようが、結衣は近藤の内面なんて知らない癖に好きだと主張していることになる。


  ……。

恥ずかしくて下を向くと、垂れた髪が視界を狭くした。

目に入ったのは、トレーのちらしに示されたカロリー計算の方法で、

美味しく食べる場に細かい数字だらけな矛盾、シビアに何を訴えたいのだろうか。


世の中、おかしいことだらけだ。

どうして何も知らない人のことを好きなのだろうか――……自分自身の軽さが一番のミステリーだった。