「やだ、ケーキ作ってんじゃん、見りゃ分かるでしょ」
姉と妹なら田上家では絶対的に姉が優勢なのだが、今日ばかりは年下の娘も譲れなかった。
露骨に舌打ちするアラサーな彼女は婚期を逃したに違いないと悪態をつく。
婚約している割に式の話が進んでいない原因は予想がつく。
甘い甘いチョコレートの細胞が部屋中に漂っており、
香りだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
電子レンジから洩れる温かな光は、心を落ち着かせてくれる蝋燭の明かりのよう。
人間、悩みがあると視界が悪くなってしまう時がある。
前が見えにくい靄がかかったトンネルを進む時――光の透過に優れたオレンジ色は前方を見易くしてくれる。
未来へと歩く出口に居る人は誰?
ゴール地点で待つのではなく、どうかこちらに歩いてきてほしい。
我が儘だと言わないで、優しい手を差し延べてほしい。
バレンタイン、呼び出し、明日。
お花畑の国では魔女にキャスティングされるであろう姉の存在を忘れ、
ふわふわとしたメロディーラインを奏でる少女の唇は有害だ。
冷めたシチューを鍋ごと温め直す姉は、「好きな人居るんだー」と、
電子レンジの前から動かない妹の真意をずばり当ててみせた。
さすが年の功と思うかもしれないけれど、
結衣のベタな行動ならば、幼稚園児だってインチキ占い師ばりに言い当てることが可能だろう。
「ダサいチョコ渡すんだー?」
っ、なんで?
ゆっくりと振り返ると、余裕たっぷりに微笑する姉が居て、
最悪
なんで?
彼女に口で勝てた試しがないので、今更否定しても無駄だと分かっている。
それでも、しきりにありえないと声を荒げ、わざとらしく「トイレトイレ」と結衣は逃げた。
身内バレは気恥ずかしいと思いながら何度も頭を振るい、自尊心を保とうと試みる幼き姿は、無垢で可愛い。
その子供臭い背中と電子レンジを交互に眺め、
どこか懐かしむ姉のため息が漏れたことになんて、妹は気付かなかった。
朝起きた時は晴れていますようにと、祈りたいけれど星は見えない。
今夜は地面と空がひっくり返ったのかもしれない程、暗闇が作り出す足元にある星が全てとなる。
…‥



