揺らぐ幻影


元気になれと野菜に話しかけるだとか、クラシックを聴かせて果物を育てるだとか、

美味しくなる秘訣をローカルテレビで農家のおじいちゃんがよく語っていた。

そんなのいい大人がてるてる坊主を信じるくらい 正気の沙汰でないと呆れ、

まやかしを信じるお年寄りを微笑ましいと思う半面、小ばかにしていた。


しかし謝らせて頂きたい。

電子レンジに向かって、美味しくなれ、美味しくなれと、

もうすぐ十六になる人間が唱えているのだから。


好きな人に食べてほしくて、好きな人に美味しいと喜んでほしくて、

きっとあのおじいちゃんも同じ気持ちなのだ。

真心を込めている。


だから結衣は後片付けをしながら、美味しくなれとひたすら魔法をかけていた。

洗い物はフードプロセッサー、まな板、包丁、お皿、計量カップくらいで数少なく、

余った時間でたっぷりと好きな人を想えるなんて、どれだけ効率よい尊い作業なのだろうか。


恋をすると、どうやら彼女はとことんメルヘン思考になるらしい。

探究心が半端ない。
お花畑には二足歩行の野ウサギさんやきつねさんが現れ、

夢見心地なプリンセスとなった結衣は手を繋いで踊る始末、

ロマンチスト検定があるなら、絶対にトップで受かる自信がある。

ふわふわキラキラあまあまピカピカほかほか、何か可愛らしいオノマペトを教えてほしい。


「ちょっと結衣! ご飯あっためたいんですけど?」

だが、わずか数秒でお花畑は枯れ果てる。

遅くに帰宅したせいか苛々している姉に、こちら側へと連れ戻された。


四人掛けのテーブルに置かれたバナナとりんご、みかんが入ったバスケット、

なぜか母親によりフルーツ達には可愛い布が被せてある。

りんごちゃんは寝ているのだろうか、あるいは寒いからカーディガン感覚で羽織っているのだろうか。

なかなか共感できない。
どっちにしろ、姉の怒りで震えているだろう。


ここはバレンタインを明日に迎える乙女の縄張り。

スリッパを履く、背が高くなる、完成したマンションを購入したため、シンクの高さが合わない。

何をするにも腰が痛む、もしリフォームする予定があるならば、結衣は自分の身長にあったサイズでと企んでいる。