揺らぐ幻影

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黒に近い雲が占領した空は重たく、肝試しには持ってこいの雰囲気を醸し出している。

半端に残ったクッキー生地を手で適当に丸めたようなぼややけた明かりが恐らく月なのだろう。


なんとも不吉な十三日の金曜日の夜に、

ご飯を食べ終わった台所でとある少女がバレンタインのケーキ作りを始める。

ばい菌があってお腹を痛くされたら怖いから、

皮膚が痛くなるまで石鹸で入念に、爪の中から皺の隙間、手首まで手を洗った。

お陰で段ボールを触って水分が飛んだ時みたいに赤く染まりヒリヒリする。


  、緊張

テーブルの上には、バターや玉子、小麦粉などどれも今日買ったばかりの品が並んでいる。

ストックがあると母親に小言を放たれたが、

結衣的に新鮮な材料で作りたかったため、聞こえないふりをした。


先週、愛美と練習した際には上手に出来たから、本番も大丈夫だと言い聞かせるも、

なんだか嫌な予感しかしない。


というのも、今日はついていない気がしてならないのだ。

あいにくの雨は自転車通の宿命か、帰宅した時には身体まで水浸しだった。

ジェイソンに嫌がらせをされて明日風邪を引いたなら、

一生架空のキャラクターを呪ってやると思ったくらいずぶ濡れだった。

そして、夜ご飯が大嫌いなおでんだったからテンションが上がらなかった。


――明日は十四日。

炭酸飲料水のおまけマグネットで冷蔵庫に張り付けたレシピ、

お気に入りの曲をかけたキッチンには、甘い香りと甘い歌声が交錯する。

ボサノバ風にJ-POPをアレンジしたもので、数年前の流行り歌だが、

独特の声色をしたボーカルが違うと、まるで例の本屋さんのようにオシャレ感が増す。

ちなみにそのお店のギャグセンの高いポップは読んでいるだけで長居ができるし、

ゆるい煽り文句に乗せられて つい要らないものも買ってしまう結衣だ。


この日のために新調したドレープが可愛いエプロン、

ふわふわしたものを身につけると、女の子らしいなと実感できる。

また、特別な人に向けてお料理をしているのだと優しい気持ちになれる。

そう、どんなドレスよりも魅力を引き立てる魔法のエプロン――ほら、既に痛い思考だ。