揺らぐ幻影


「贅沢。カラオケより有意義」

結衣は自制心のカケラもなくケーキを食べていく。

場の空気にお構いなく自分たちは有閑マダムだと重ねる里緒菜も、

ミルフィーユを破壊し、おしとやかとは程遠い食べ方をする。


「「幸せ!」」

恋愛以外で幸福の意味を考えたことはなかった。

いちいち今は幸せかそうでないかと考え込む時間があるなら、

楽しい嬉しい悲しい三つの形容詞があればだいたい事足りる軽い出来事を味わいたい結衣だ。


そして、恋愛歌だって、恋愛中・失恋・浮気恋くらいの種類で、

だいたい共感できる法則があるらしく、

等身大・リアル・ストレートが世の中のニーズなら、思うままに流されて時代に染まってみたい。


そう、近藤を想う世界に浸されていきたい。


銀色のフォークは何の装飾もないシンプルな輝きで、

それが逆に高級に感じたが、もし百円ショップに並んでいたら百五円だと疑いなくスルーする、

それが三流の生き方だ。


窓は壁一面で、あたたかな日だまりを欲張りにもお出迎えしている。

興味などまるでないのに、窓拭きが大変そうだと従業員を心配した会話を繰り広げ、

爆笑するあたりが女子高生の定番だ。


さて、ここは本来、結衣の友人ポジションの里緒菜なら、

己の過去の恋愛経験を親友だからと特別に打ち明け、絆を深める場面がベストのはずが、

彼女らに限り、それは誇張した友情フレーバーで、甘美過ぎるから恋愛観を朗唱しやしない。


甘いものを食べると脳みその裏が弾ける気がした。

花火大会のピークやライブハウスで跳びはねる瞬間のような高揚感が口一杯に生まれる。



「市井と良い感じって噂」

重ための髪を耳にかけ、里緒菜はオレンジジュースを一口飲み込んだ。

こくっと動く細い首は白鳥のようで女らしく大変羨ましい。

頬張ったケーキと同時に結衣がゆっくりとかみ砕いたのは、根も葉も無い恋の物語だった。

「市井? どーでもいーし」

  話しただけなのに

  皆ウケる

人気者とのゴシップは迷惑だとばかりにホッペを膨らませてみた。


しっとりとしたオペラにフォークを刺せば、零れる黒は学生恋愛に持ってこいの孤独色に似ていた。