調子が戻った証拠に冗談だって完璧、結衣は結衣らしく市井の背中を母親が父親をどつくように力強く叩けていた。
痛いと鳴く彼を王子様ではなく、雑に扱える感じが心地良かった。
「ばぼちゃん、うちのクラス見て」
市井が指すのは、夕日の終わりかけに似た髪をした人だった。
「あ、……近藤くん、だよね?」
最近はずっとぽこりんと呼んでいたため、
好きな人の名前を唱えるだけで、胸がいっぱいになってしまう。
近藤なんてありふれた名前、里緒菜によると苗字ランキングでは五十位内らしいが、
重みがあるは何故?
女の子のように甘い顔をした少年は、ドキドキしている結衣のことを分かっていて、
あえて近藤の話を始めるのだろう。
だったら鈍いふりをして親友サイドストーリーを聞こうじゃないか。
「中学バレー部でまあまあ上手かったんだって。自称だから信用ならないけどね。はは。
ほら今。洋平見て、ね? アタックなのにへにょへにょ」
手抜きではなく、皆が不快にならない程度を操れてこそ、スポーツマンシップだと言う。
紳士だと思わないかと尋ねられたので頷くと、それは男子の計算なのだと市井は笑った。
いつでも女子ウケを狙っているのだから、結衣たちは騙されていると馬鹿にされた。
説明するように紡がれた言葉にドキドキする。
……だから、だ
今、また近藤のことを好きになった。彼が打つ思いやりの詰まったボールが愛しい。
好きな理由を後から足して、もっともっと追加してますます本人を好きになる。
それが片思いの醍醐味だ。
愛しの彼に対する情報を一つ一つ集めるうちに、漠然とした『好き』の好きになった項目を固める。
市井は笑い話の流れで、さりげなく新しい事由を教えてくれたんだと結衣は理解した。
「ありがと、紳士」
少女が零した言葉に意味不明と言う少年は、意味なんて百も分かっているだろうに、
だから敵わない、惚れなくて良かった人は完璧な王子様だ。
ディスプレイされた靴を真似て、スリッパをふざけて脱ぐ人は――両思いになれる人。
体育館から一歩踏み出したガラスの靴が向かう先は明日。
平成ポップに、重たい鉄ではないはずだ。
…‥



