揺らぐ幻影


玄関に置かれた室内履きからは、育ち以外にも内面が垣間見れる。

誰かの物を踏ん付けているのは我が強い人、バラバラなのは雑な人、

そして、向きを揃えるのは律儀で誠実で素直で一途でユニークで温厚な人……なんてデタラメ。

こじつけをするのは恋をしているから、小さな幸せを集めているから、

そう、三番目は好きな人のスリッパだからひいきした。


「パス上手な奴が運動神経良いと思わない?」と、近藤の友人が言う。

なぜか彼の話の切り出し方に、結衣はいつも引き込まれてしまう。

最近喋るようになっただけなので、かなり漠然とした印象なのだが、掴み所のない人だと思う。


  パス? トスじゃないっけ

捲られた袖から覗く腕は、甘い顔立ちとは逆にしっかりとしていて、

もしも隣に居るのが近藤なら、結衣は意識し過ぎて逃亡していたに違いない。

そう、好きな人ではないなら傍に座ったって緊張しない。


「中学では得点王だったんだよね、それが高校の俺はパスが趣味。俺バスケ上手でしょ?」

「あはは、おかし、それ笑える」

皮肉混じりな内容に従えば、確かにバスケが上手な市井はゴールを決めない。


空気が抜けたボールは跳ねないし間抜けな音を立てるが、

彼の手にかかればシュートは決まるはずだ。

その瞬間を誰に見せるつもりなのだろうか。
誰が一番見たいと懇願しているのだろうか。

噂の彼女の前だけなのかもしれない。


「オレ論ね」と揶揄めいた発言をする意味は、なんとなくもう分かる。

スリッパを隅に置くのは気配りができる人――結衣は確信した。


「オレ論続けて? あはは」

泣きたい気持ちを拭って笑わせてくれる市井は、誰にも掴まりたくない人。

彼は美容師さんのように中性的な話し方をするせいか、なんだか異性の感じがしなくて頼り易い。

友人に片思い中だから、結衣を気にかけてくれるのだろう。


あいにく、二人が親密になるロマンチック展開はないのだけれど。

理由を結衣自身が説明するなら、

現実の世界で学園のスーパーイケメンが、その他大勢の自分に惚れるなんてなかなかありえない確率だからだ。

そして、好きな人以外に好かれても何かしら困るので遠慮したいからだ。