三回目の回想は廊下、鞄の中身を撒き散らしたあの日。
今、ほうきを拾ってくれるのは近藤だ。
藁をも掴む状況の時、きっと結衣は里緒菜と愛美に迷わずしがみつくのだろう。
いいや、彼女たちは黙って手を差し延べてくれるのだろう。
その際に、間違ってもベラベラ親友とはと力説をしやしない。
好きな人が居る、目の前に居る。
この瞬間の付加価値は何、時価はいくら?
台形のような三角形をさかさまにしたネクタイの結び方がマドカ高校では主流の中、
ダブルノットは凄く近藤らしい。
細くていびつな適当にキュッと縛ったような感じが飾り気がなくてよく似合う。
たかが紐一つに恋心が暴れてしまうのは何故。
ほうきの音で会話を中断されてしまったが、結衣が喋る番だったはずだ。
何を話そうかと考える前に、
「昨日さー、ちょ、聞いて。バイト帰ったら。お兄ちゃん油くせぇって弟、生意気くない? 兄は切ない」
自嘲した誘い笑いに、つられて結衣も自然とにやけた。
近藤から喋り始めることに意味はないのに、理由がほしくて堪らない。
てっきり薄い唇が放つ音は、バイバイのみだと思っていたせいで、
舞い上がる心が喜びを発散させたいらしく、心臓の壁を勢いよくノックし続ける。
「悪臭フェロモンなのにー、あは」
彼女なりにセンスを最大に活かした返しはあまり面白くないのに、
彼が笑声をあげてくれるのは何故。
屁理屈を覚えたこと、とにかく口が減らないこと、やたら兄に絡んでくること、
近藤が弟について談笑を続ける。
頼んでない、会話一分に一万円払うからお喋りをしてくれだなんて頼んでいないしチャージ料も払っていない。
ならば、なぜ彼の声は彼女の耳に向かうのか。
窓枠の角に張り巡らされた蜘蛛の巣は埃をまとい、陽の光りに揺れる。
透明なトラップを仕掛けているのは結衣にしろ、
どうせなら引っ掛けられる方でありたいと願ってしまう。
普通、掃除をしている女子が生理的に苦手ならば、自ら立ち話を繰り広げない。
早々に話を切り上げられ、結衣は今頃後ろ姿を眺めるしかないところを、
近藤が目を見て話してくる。
期待は自惚れに値するのだろうか。



