揺らぐ幻影


偶然奇遇作戦の目標は、ひょんなことを演出する計画だったのだと、

やっと真意が判明した。

お子様らしい発想は捻りもなくシンプルで、ひょんを偽造作戦だ。


「ねー、掃除とか偉くない?」

いちじくのコンフィチュールをつまみ食いしたかのような唇から誕生した嘘は百点だ。

偶然靴箱掃除を丁寧にしていたら、奇遇にも近藤の下校時間と重なった。

――これは総額いくらの奇跡?


M字に広がった襟から覗く少し白い肌は、女の結衣とは違い血管が浮き出ている。

喉の感じや瞳の色、爪の形や脚の太さ、何もかも共通点なんてない。

だから惹かれるのだろうか。


黒いコーヒーに消えていく砂糖のように思考の色がなくなる。

カップの底は見えないし、近藤との未来は何も分からない。

不透明で、光が射すのかさえも謎だ。


本日二回目の回想は小六の理科の実験。

食塩水は熱したら何かでてきたが、砂糖水は黒焦げになった。

多分、結衣の知識では一度溶けた砂糖はスプーンで掬っても取り出せないから、

恋をしてしまった自分は今更引き返せないのだ。


「めっちゃいい子じゃん、はは」

好きな人に聞いてみたいことがある。
なぜあなたは笑うのか。

会話の内容が楽しいだけなのか――できることなら田上結衣と話しているという行為に、笑みを作ってくれたなら――


  好きになる?

  恋愛対象になる?……、

  ……彼女にしたく、なる?

尋ねたい言葉を飲み込んでスカートの裾を握ったり離したりを繰り返す。


ほうきが小さく音を立てて床に倒れた。

近藤がしゃがんだ時に見えるつむじが可愛い。
ふわりと鼻をかすめるミントの香り。


  狡い。

見たり味わったり触ったり様々な体験の内、人間、一番最後まで残る記憶は臭覚なんだとか。

教室で耳にした雑学のため、本当かどうかは不明だが、香りは思い出を大事に包んでくれるらしい。

つまりミントの香りがこの世にある限り、いつまでも少女は少年のことを忘れられなくなる――と、メルヘンにまとめよう。


「ありがと」

右手にほうき、左手にお財布。本当は手放しで、この両手で抱きしめたい。
夢みたいな話を現実に掴み取りたい。