揺らぐ幻影


下手な鼻歌のような風が新たにハウスダストを活性化させるため、

掃除の終わりは何を目安に切り上げるのか、いまいち分からない。


「田上さん行こー」

ほうきを片付ける男子生徒が、ぼんやりしている結衣に声をかけたが、

「いーよ、ちょっと溝も掃除する、ほら雨で汚れてるし。マツイさん、あはは。先戻りなよ」と断り、彼らを見送った。


ある程度歳を重ねると、可愛い嘘をつく術を習得する必要がある。

父親が作ったご飯がまずくても何食わぬ顔で美味しいと言うし、

あんまり上手ではない似顔絵をくれた五歳児にそっくりだと喜ぶ。

馬鹿正直は確かに素晴らしいけれど、時と場合によって使い分けることができて一人前、

だから半人前の結衣は、クラスの男子に溝の掃除なんてする予定はないが嘘をついた。

すのこの木目は少し不気味、気持ちネジが緩んでいる、やっぱりガムがある。


  んー……

よくあらすじで『ひょんなことからナントカカントカ……果たして?!』的な説明がされるが、

人生においてなかなかひょんなことには出会えない。


そう、ひょんな運命は一般女子高生の身の上には滅多に起こらない。

劇的な甘い展開とか波瀾万丈悲恋な設定とか愛に満ちた台詞とか、まずない。

それは異世界に召喚されるくらい、ひょんなことだ。


結衣の世界でいうなら、とんとん拍子は非現実的なひょんなことで、

けれど、片思いには『ひょん』が必要だ。

ひょんなきっかけ、ひょんなアクシデント、ひょんなライバル、ひょんな口づけ、ひょんなすれ違い……、

そんな『ひょん』を渇望するのが、勇気の足りない乙女・結衣だ。


待っているだけでは、便利な『ひょん』と巡り会えないのが、彼女が生きる現実の恋愛である。


「……。」

  やっと分かった、作戦

  二人精神年齢いくつよ

スワロフスキーのリボンが可愛いウサギ。

重力で気持ち前に垂れた長い耳を、人差し指の腹で優しく撫でてやる。


頑張った時にいい子だと褒めるだけではなく、ご褒美に爆笑させてくれる、

そう、随分と前からひょんな勇気をくれるのは愛美と里緒菜だった。

なんだかこの調子だと、友情論文を原稿用紙六枚きっちり提出できそうだ。