揺らぐ幻影


渡り廊下は雨風凌げないため外壁は当然、内壁も劣化が激しい。

建築士ではない結衣が勝手に思っているだけだが、

恐らく地震が起きた場合、最初に崩れるのはここなので、

つい早足になり危険を予防する彼女は、絶叫マシーンが苦手だ。

機械が壊れたらどうしようかと別の部分で怖がる癖に、

今の彼女は吊橋だってスキップで通り抜けられるだろう。


  どーしよー!

  一時間目も遅れる、だってー! だって!!

  かっこよかったー

  じゃあ、だって! だって〜

きゃあっと短く叫び、熱を持った両頬を冷たい手の平で包んだ。


  幸せ

さっきまで最悪な一日は、最高な一日に早変わり。

いちいち意味を作りたがる結衣のことを、近藤は知っているのだろうか。

遅刻を気遣ってくれる優しい人――つまり彼は気配りのできる人で、

おおらかな人で、思いやりのある人で、

――だから彼はバレンタインのチョコを快く貰ってくれる人で、

ほら、大丈夫。この恋はうまくいく。


こんな風に拡大解釈をしてしまう同級生が居ることを、彼は知っているのだろうか。

自分の発言力が一人の女子高生に壮大な威力を与えることを心得ているのだろうか。


いつだったか忘れたけれど、くどくなるが結衣は記憶力がよくないせいであやふやだが、

憲法の拡大解釈について巷では論争が繰り広げられていた。


もしも恋愛におけるそれがあるならば、原因はたいていポジティブな空回りだ。

たとえば、『じゃあ』に続く言葉は『またね』しかなく、

すなわち『近藤くんはアタシにもう一度会うつもりだ』と、

このように意味を深める訳だ。


更に極論は、『だから近藤くんはバレンタインに振り向いてくれる』と、

素晴らしく痛い前向きさを手に入れる。


太陽の方向に強く吹く風が、マフラーの端っこを直角に持ち上げる。

重力を感じられないイリュージョンのようだ。


恋愛における拡大解釈も、一種のマジックかもしれない。

マイナス思考を打ち消して、錯覚を用いプラス思考に変身させる。

恋は幸せの魔法。
女の子は可愛くなれるし人に優しくなれるし、とっても自分を好きになれるリーズナブルなミラクルだ。