揺らぐ幻影


ファッション雑誌くらいのスクエア型のチョコレートベイクドチーズケーキ。

お料理をすると片思いレベルが一アップする気がするのは何故。


買いもしないガーデニング用のサンバイザーを被ってみたり、ポストカードの英文を訳してみたりと、

遊んでいるうちに長居をしてしまい、三時間ほどして帰宅したにもかかわらず、

玄関から既に咳込んでしまう甘い甘い焼きたての香りが浮遊している有様だった。


どうやら片思いパワーには、換気扇も役に立たないらしい。

全くなんたる威力なのか、この不況な世の中、恋心は何か経済の役に立たないものか――と、真面目揶揄ぶることが結衣は好きだ。


甘さを抑えたくて砂糖も減らしビターチョコレートを使用したが、

鼻から胃の奥にまで届く、舐めると予想外に苦いけれどバニラエッセンスの瓶の中に浸かったような気分だ。



  甘ー幸せー

  可愛いー

しっとりとした表面を眺めるだけでも、口の中においしい味がする。

マスカラぐらいの長さで、中指と人差し指二本の幅ぐらいのサイズがベストだろう。

その辺、結衣も愛美も完璧主義や几帳面という単語とは対極なので、

勘だけを頼りに存在しない透明な定規を用い、

図工の時間にボンドがはみ出てもティッシュで拭えばなんとかなるという感覚でカットする。


過大評価と分かっているが、自然に売り物みたいと口にしてしまう程、大満足な出来だった。

「才能ある」

「ほぼフードプロセッサーの仕事」

クッキーの土台と生地の断面、コントラストがはっきりとしていて凄く綺麗だ。

抽象画家さんのインスパイアになるのではと、滅相もないことを考える始末で、

それがきっと女子高生イズムだ。


「フープロはトップシークレット、あはは」

「エセ家庭的」

クーラー台で冷ましていたけれど、まだ熱が残っておりほかほかして温かい。

リビングのローテーブルにケーキ皿を並べて、わざわざクラシック曲をかけ、

三時のお茶を嗜む貴族、あるいはお金持ちなお嬢様のシチュエーションを即席で完成させた。

ショートコント、お茶会のていで。その安っぽさが好きだ。


愛美、その場の雰囲気のみで楽しめる爆笑を生産する感覚が心地よい生き物。