揺らぐ幻影


結衣の簡素化バレンタインごっこも特別だ。

お菓子作りを究め凝るなら時間をかけて美味しくも仕上げられるが、

最近は時間短縮で手間の省ける素人さんオリジナルのプロ級な味のレシピがたくさんインターネット上にある。


見知らぬ人の技に感謝しつつ作業をする二人が挑戦している一つは手順に従ったチョコレートチーズケーキで、

もう一つにはアレンジしてチョコチップを散らすことにした。

こんな風に、どっちが美味しいか実験をし味見ができるため、友人とのママゴト遊びは楽しいと思う結衣は、

将来働き出したら、お料理教室に通おうと計画中だ。


人の家のキッチンは観察すると失礼に当たるので控えているけれど、

愛美の父親がお料理好きらしく、見せる収納から何に使うのか不明な小粋香辛料、

TVで話題になっていた匠の包丁やトング、まだ定価のシリコンもの等があり、

厭味にならない日常らしさが垣間見れ、センスがいいと感心した。


「良妻賢母の反対って亭主関白?」と、愛美は黒い粒をばら撒きながら言う。

女性と男性がどーのこーので対等だと、中学の時にジェンダーか何かの講演会で習ったものの、

暗幕をした暗い体育館だと睡魔に誘われ、結衣はうとうとしていたので、あんまりよく聞いていなかった。

そんな彼女は「女は後ろ、男を立てろ?」と合いの手を入れ、

愛美がちゃぶ台をひっくり返すと付け加え、時代錯誤だと笑う。

ゆるい流れの上辺だけなぞった二人の中では、

亭主関白イコール自己中心的で身勝手で感情を抑えられなくて、

身内の時だけ偉そうにする器のちっこいDV男となった。

なんとも身も蓋も無い言い回しだが、それが女子高生のノリだったりするようだ。


今日がこんなに楽しいのは愛美と過ごすからなのか、近藤を想うからなのか――欲張りな結衣には両方なのかもしれない。

好きな人が居ると毎日が貴重で、すべての行動が恋に繋がっているような気がするのは何故。


明日腕が上がらなくなったとしても、今バレンタインに向けて頑張っている証拠となるなら、

名誉、光栄だと少女は思った。

近藤の明日に一秒でもいいから存在させてほしい。それを叶えたいなら今がすべてで、

この瞬間やれることを精一杯頑張りたい。