揺らぐ幻影


  近藤って……、

確かに今、愛美は近藤と言った。

他人から聞くコンドウという音は鼓膜を甘くくすぐるから厄介で、

血が沸騰したように全身が真っ赤になる。
本来は鈍いはずの耳たぶが熱いったらない。

粉砂糖の山に体当たりしたくらい甘い甘い幸せが身体を容易に包み込む。


けれど、ここは教室だ。
パパラッチに熱愛スクープをされ、あることないこと噂を広められる可能性に一番近い場所。

つまり学校とは、迂闊に気を抜けない片思い危険区域である。


その為、結衣は急いで「近藤ってば得点王、ナイスです」と、ふざけた口調で普段通りを装った。

変に動揺して好きな人の存在がバレる訳にはいかないのだから、一生懸命陽気に振る舞った。


バスケよりバレーがしたいと新しい話題に転換した結衣の努力も虚しく、

「市井ってバスケだけ手抜きだから近藤のがさ、たいくで頑張るからポイント高いから」と、

里緒菜が更に最高に触れてほしくない人物について続けてしまう。

可愛いのが大塚、子犬可愛いのが市井、ハンサム可愛いのが近藤と、意味不明な部類までしてしまう。


「私動物苦手」と再び方向を変えようとするにも関わらず、

「迷う。遊びは市井、彼氏は大塚、旦那は近藤」なんて、すらすらと男子生徒の判定をする意味不明な彼女の発言に、

結衣はキョトンだった。


すっかりはお喋りの内容は好きな人のことで、

  三人とも別に変わらないじゃん

  私は近藤くんだけど……

――と、思いを巡らせる結衣は芸能人ではないけれど、なんだか自分でタレコミをしてしまいそうな表情だった。


「大塚は母性本能くすぐる彼氏で、市井は記念に割り切り後腐れない感じ。やっぱ安定なら近藤だね、アットホームなパパっぽい」

このように登場人物たちの気持ちなんてお構いなしで、ガールズトークと言う名の元に、

自分のことは棚に上げ、女子高生たちはよく男子を勝手に審査する。

しまいには、本人の知らないところで勝手に優勝させたり、落選させたりしているので、いい迷惑だろう。


適当に語っているように見えて、実はその時に本音が混ざっていることが多いらしいのだけれど、

彼女らの場合、そこのところはどうなのだろうか。